第60話 眠りの前のひと時
[1/2]
[8]前話 [1]次 最後 [2]次話
仕事を終えて帰った自宅はいつも暗い。貴虎にとっては、灯りが燈っていない家は自然な光景である。
いつものように、一人で軽めの食事を取り、一人でシャワーを浴び、一人で自室にて寝る前の読書をしていた。
控えめなノックがあった。
プライベートの時間に貴虎を訪ねるのは、家族しかいない。特にこの時間帯であれば、部屋に来るのは一人だけだ。
「入れ」
「おじゃましまーす……」
こっそり、という擬態語が似合う様子で、ネグリジェ姿の碧沙がドアを開けて入ってきた。
「どうした」
「あのね、兄さん。今日、いっしょにねても……いい?」
貴虎は面食らったが、すぐにベッドの中央を避けてスペースを作った。
「おいで」
碧沙はぱっと顔を輝かせ、部屋の中に入って笑顔でパタパタとやってきた。碧沙はベッドに潜り込み、貴虎に笑いかけた。
「怖い夢でも見たか?」
「ううん。今日は、ひさしぶりに、貴兄さんといっしょにねたかったの」
貴虎は猫のように手に擦り寄る妹の、ミディアムロングの髪を梳いた。
「――兄さん、光兄さんを連れてどこへ行ってたの?」
「碧沙?」
「貴兄さんからも光兄さんからも同じ香りがするわ。ヘルヘイムのくだものの香り……しかも今までで一番強い」
貴虎は軽く目を瞠った。妹が鼻が利くのは知っていたが、ここまで嗅ぎ当てられるとは思わなかった。
「――今日はヘルヘイムの一番深い場所へ行ったんだ。光実も一緒に。そのせいだろう」
「一番深い、場所」
それっきり碧沙は黙り込んだ。
碧沙が言葉を発さない間、貴虎は碧沙の髪を撫でていた。
「今まで」
ぽつ、と碧沙が声を零し始める。
「貴兄さんはどうして教えてくれないんだろうって、思ってた。一人だけ全部知ってて、ズルイって。わたしたちに何も言ってくれないの、さびしい、って。今までずっとカクシゴトされるのが悲しかった」
碧沙は体を転がし、寝そべった状態から貴虎をまっすぐ見上げた。
「でも、今日帰ってきた光兄さん、すごくこわがってて、真っ青だった。だからわかったの。すごく重くて辛いこと、わたしたちの分も、貴兄さんが抱えててくれたんだって」
小さくふよふよした掌が、髪を撫でていた手を掴んだ。大の男の貴虎からすれば脆すぎる力加減。
「3人分も重かったよね? つらかったよね? ごめんなさい。かくしててくれて、ありがとう、貴虎兄さん」
命を賭しても守るべき存在がいる。そんな自分は幸せ者だと貴虎は思う。
弟を、妹を見るにつけ、その想いは増す。
ついに今日、弟にヘルヘイムの真実を見せた。
なまじの事では動じない光実が、膝を突いて震えていた。その姿があまりに可哀想で、そ
[8]前話 [1]次 最後 [2]次話
※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりを挿む
[7]小説案内ページ
[0]目次に戻る
TOPに戻る
暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ
2024 肥前のポチ