第二章
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第二章
野球の神とは実に気まぐれなものだ。その阪急を率いた西本が同じ関西の鉄道会社を親会社に持つ球団である近鉄バファローズの監督に就任してだ。今度は近鉄を率いて戦ったのだ。無論阪急とも戦った。その戦いは長く続き昭和五十三年の後期リーグにおいてはだ。
近鉄はエース鈴木啓示の活躍により後期優勝まであと一歩のところまで来た。最後の試合は西本がかつて率いていた阪急との試合だ。この試合に勝てばプレーオフに行きそれにも勝てば遂に日本シリーズだった。
当然その重要な試合にはエースが登板する。そう、近鉄は鈴木を出したきたのだ。尚阪急は山田だ。かつて王にホームランを打たれた彼は押しも押されぬ阪急の看板エースになっていたのだ。
だが鈴木はだ。この試合今一つ調子がよくなかった。それで打たれていってだ。
遂に駄目押しのホームランまで打たれてしまった。勝敗は決してしまった。
それを見てだ。西本はだ。
ゆっくりとベンチを出てだ。鈴木にこう告げたのだった。
「スズ、御苦労さん・・・・・・」
その目に熱いものを宿らせて告げたのである。
試合には負けた。だが近鉄をここまで引っ張ってくれたのは他でもない鈴木だからだ。だからその鈴木にだ。こう告げたのである。
鈴木は西本の言葉を受け無言でマウンドを降りた。そのうえで一人球場のロッカールームで泣いた。
「わしは何でいつも大事な時に打たれるんや・・・・・・」
しかし西本はその鈴木を責めなかった。礼を述べたのだ。それが西本の鈴木への心だった。
その心に応えてだ。鈴木はそこから再び奮起してだ。三百勝を達成した。鈴木を三百勝にまで至らせたのは西本に他ならない。
二人の大投手に告げた言葉、それはたった一言だ。だがその一言が二人の大投手を生み出すことになった。西本幸雄という野球人はそれだけのことをやったのだ。八度リーグ優勝を果たし多くの選手とチームを育てた不世出の闘将である彼の数多い実績の一つである。もっともそれを決して誇ることがないのが西本だ。だがそれだけの野球人が存在していることはだ。我が国の球界にとってこの上なく素晴らしいことであろう。
御苦労さん 完
2011・4・18
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