第三章
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第三章
秋山はピッチャーだからいつも投げられるわけではない。だから土井は他のピッチャーのボールも受けているのである。そういうことだった。
「御前のボールをずっと受けたいな」
「俺のボールをか」
「受けさせてくれるな」
にこりと笑って秋山に対して言うのだった。
「御前のボールをずっとな。いいか?」
「ああ」
秋山も微笑んでその言葉を受けるのだった。こんな話をしたこともあった。彼等の絆は永遠のものになろうとしていた。誰も引き離せないまでに。
日本シリーズ。あの巨人を軍門に下しそのうえで日本シリーズ出場を決めた。相手は大毎オリオンズだった。強力なミサイル打線を擁し世論では大毎有利との下馬評であった。
「俺達が日本シリーズか」
「何か夢みたいな話だな」
二人にとっては実感することが難しいことであった。
「本当にここにいるなんてな」
「巨人ばかりだったのにな」
当時は何もかもが巨人であった。ラジオも新聞もそして普及しだしていたテレビでも。何もかもが巨人であった。それはさながら北朝鮮のテレビでニュースキャスターがいつも一緒の人間であるのと同じであった。それを考えると今もそうであるが巨人こそまさに日本の朝鮮民主主義人民共和国である。
「それが俺達なんてな」
「なあ秋山」
土井は秋山に顔を向けて言ってきた。
「勝つか負けるかどうかはわからないがやってみるか」
「そうだな」
彼等はこう言い合ってそのうえで試合に挑んだ。最初の試合秋山は先発ではなかった。だが大洋を率いる男はあの三原脩であった。
伝説的な知将である。その采配はまさに魔術であった。その三原マジックが第一試合で早速出されることになった。彼は危機で秋山を投入したのだ。
秋山はマウンドに立った。その彼に対して土井はあるサインを出した。それは。
秋山はそのサインを見て静かに頷いた。それが何かというと。
彼はバッターに対してボールを投げなかった。投げたのは二塁ランナーに対してだ。牽制球であった。
「何っ!?」
「牽制だと!?」
誰もがこれに驚いた。しかし驚いたのも一瞬のことだった。ランナーはその牽制球で殺されてしまった。土井の好判断であった。
秋山にも弱点がある。どんな人間にも弱点があるのと同じだ。秋山は牽制球が苦手であった。竜巻を思わせるそのピッチングフォーム故にである。
だが土井はそれを逆手に取って牽制球を投げたのであった。それによりピンチを脱しそのうえで試合の流れを決めてしまった。第一試合は大洋の勝利に終わったのだ。
「まあ一勝位はするだろうな」
「けれどそれでもな」
しかしそれでもこう言われるのであった。
「大毎有利だな」
「勝てるものじゃない」
下馬評は変わってはいなかった。
「ミサイル打線が爆発する」
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