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楽しみ
第八章
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あれや」
 楽しそうに笑って左腕を右の人差し指で指し示す。
「血の他にもう一つ流れてるんや」
「何ですか、それは」
「阪神の血や」
 笑みを浮かべたまま言ってきた。
「黒と黄のな。二色のや」
「成程、それですか」
「そや、ずっと流れてるで」
 笑いながらそれを言うのだ。
「何があってもな」
「それだけのものがあるんですね」
 僕はまた中沢さんに問うた。
「阪神には」
「ある。だからええんや」
 こうも言った。
「阪神って球団はな。一度もファン止めようと思ったことはないで」
「一度もですか」
「戦争もあった」
 第二次世界大戦だ。
「あの時は一旦解散したけれどわしは信じてたんや」
「阪神の復活をですね」
「言うたやろ。阪神は不滅やて」
 そういうことだったのだ。阪神は一度滅んだ。しかし戦争の後で見事に復活を遂げた。甲子園に帰って来たのである。ファンに迎えられて。
「だからや。それはこれからもな」
「阪神は残りますね」
「わしは死ぬまでずっと阪神を見る」
 決意だった。
「その華をな」
「華を」
「そや。ほら、出て来たで」
 阪神の選手達がグラウンドに出て来た。すぐに練習に入る。あのユニフォームで。
「やっぱりあの服や」
「阪神の服」
「あれこそが華やな。勝っても負けても阪神がそこにある」
 それがいいのだ。
「今日はどうなりますかね」
「そやな」
 ちらりと選手達を見る。
「動きはええな」
「いけますか」
「甘い」
 僕の言葉はすぐにこう言われた。
「甘いですか」
「動きがええだけで勝つとは限らん。特に阪神はや」
 そうなのだ。この球団には絶対という言葉はない。何度もいい場面で逃してきている。
 昭和四八年でもそうだった。すんでのところで優勝を逃している。何故あそこで上田、それかあ江夏でいかなかったかは諸説ある。だが一つだけ確かなことがある。それは優勝できなかったというそれだけのことがだ。
「運もある」
「運ですか」
「こればっかりはどうしようもないな」
「そうですね」
 その通りだ。本当にこれは勝利の女神と魔物の手の中にある。人間ではどうしようもない。しかしだ。阪神はそのどちらに微笑ませれても似合う球団なのだ。
「まあどちらでも華にはなるな」
「そういうことですよね。じゃあ」
「今日も楽しませてもらうか」
 にこりと笑っての言葉だった。
「勝っても負けてもな」
 それが阪神ファンの楽しみだった。勝っても負けてもそこに華がある。その華を愛するのが阪神ファンなのだ。それは阪神ファンにだけ許された楽しみなのだ。


楽しみ   完


                 2007・3・24

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