第四章
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れは江夏が引退の時だった。最後に彼は阪神時代のユニフォームを着て引退会見に及んだ。それが彼の現役生活の終わりだったのだ。
「悲しかったけれどそれが嬉しかった」
「田淵は阪神のコーチになりましたし」
「それな」
その言葉に顔を綻ばせる。
「実は待ってたんや。田淵がおらんようになってからずっと」
田淵は阪神から西武にトレードに出された。ホームランアーチストもそれで阪神からいなくなった。しかしそれで終わりではなかったのだ。
「けれど帰って来たからな」
「やっと、ですね」
「ホンマにな。奇麗な虹みたいなアーチでなあ」
田淵のアーチは奇麗な弧を描くものだった。その美しいアーチを見るのがこの上ない楽しみであるというファンが多かったのだ。
「見ているだけでな」
「よかったですか」
「ラッキーゾーンは田淵の為やった」
田淵のホームランを増やす為に設けられたのがラッキーゾーンだったのは有名な話だった。今ではもうないので知る者は少ない。思えば昔のことになった。
「それがなくなって田淵のことも皆忘れてると思ったんやが」
「覚えていますよ、皆」
僕は外野の方を見た。そこにラッキーゾーンがあったのだ。
「中沢さんと同じで」
「その言葉が嬉しいで」
「僕だって同じですし」
僕の思い出を話した。やはりバース達だった。
「あれは忘れられませんよ」
「あそこやったな」
今度はバックスクリーンを指差してくれた。
「巨人の槙原から打ったやつやったな」
「そうです」
当然のように覚えていた。何か僕もやっと話に追いついた感じであった。
「バースが打って掛布が打って岡田が打った」
「でしたね。あれは凄かった」
「実際はあれやで」
ここで僕に向かってにやりと笑ってきた。立ったまま話を続ける。
「ブリーデン、田淵、ラインバック、それで掛布の四人の方が凄かったところもあった」
昭和五二年頃の話だ。これは少し知らない。
「けれどなあ。やっぱりバースやった」
「そうですよね、バースがいました」
実はバースが大好きだ。目を閉じると青い目の髭の顔がすぐに思い浮かぶ。まるで豪傑のような顔をしていてそれでいてしっかりしていた。
「やっぱりバースですよね」
「バースがおらんかったら優勝できんかった」
それは確かだ。
「打って欲しい時には絶対打ってなあ。豪快に」
「覚えてますよ。ほら」
一塁スタンドをここで指差す。
「乱闘とかで試合が中断されたらいつもね」
「ああ、あそこでキャッチボールしとったな」
バースは寡黙で穏やかな男だった。豪傑のような顔をしていても知的で頭の回転が早かった。将棋も上手く読みも確かだった。何もかもが頼りになる男であったのだ。
「チームに溶け込んでな」
「心から阪神の選手でしたね」
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