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楽しみ
第二章
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 牛若丸こと吉田を出した。彼の背番号は二三である。
「守備がな。凄かったんや」
 急に左右に動いてグラブ捌きの動作を見せてきた。
「速かったし華麗でなあ。ええショートやったで」
「何かビデオで見ましたけれど」
「それだけではわからへん」
 こう言われた。
「実際に見いへんとな。わかるもんやあらへん」
「実際に、ですか」
「凄かったんや。あかんと思うボールも普通に捕ってな」
 それが吉田だった。その守備を越える人間は少なくともショートではいないとさえ言われている。小柄だからこそ注目もされた程なのだ。
「さっと捌いて弓矢みたいな送球や」
 投げる動作をしてみせてきた。
「それがよかったんや」
「はあ」
「わからんかな。その守備と打つ時の粘り強さ」
 打撃ではそれで有名だった。とにかく三振が少なかった。
「それがあって最高のショートになってたんや」
「ですか」
「守備や、野球は」
 中沢さんは元に戻って歩きながら言ってきた。
「昔の巨人は王や長嶋の打つのだけやなかった。その守備も凄かったんや」
 こう主張する。
「ピッチャーもよかったしな」
「ですね。別所とか」
「あいつか」
 急に嫌そうな顔になるのはやはり移籍のことだろう。別所は南海にいたのを巨人に引き抜かれたのだ。巨人はこの時から巨人だったのだ。
「あいつもおったし城之内もおったしな。宮田もおった」
 堀内が出ないのは嫌いだからだろう。
「けどピッチャーでは阪神は負けてないで」
「ピッチャーですか」
 実は阪神は伝統的にピッチャー主体のチームであったりする。先程話に出たダイナマイト打線の活躍は案外短くずっとピッチャーが活躍してきたのだ。
「小山な。抜群のコントロールで」
 精密機械と呼ばれていた。それ程までのコントロールだった。
「バッキーも凄かった。ほあ、これでや」
 手の平を僕に見せてきた。パームの握りだ。
「小山もバッキーも投げたな。それで巨人をキリキリ舞いさせとった」
「巨人をですか」
「もう三振の山やった。三振してスゴスゴ引き揚げてく連中を三塁側から野次ってやるんや」
 甲子園では何処もかしこも阪神ファンだ。ここが違うのだ。
「それがえらい楽しい。わかるやろ」
「はい、それは」
 僕も笑顔で頷く。
「わかります」
「今もやしな」
 甲子園名物だ。野次もまた甲子園の華だ。阪神ファンのこの気質は昔からである。かつては球場で暴動すら起こしたことも一度や二度ではない。
「巨人が甲子園で負けるのを見るのは最高や」
「はい」
 僕はまたその言葉に頷いた。
「あれなくして野球やないからな」
「巨人が負けるのが野球ですか」
「やっぱり娯楽やで」
 笑いながらの言葉にまたなっていた。もう甲子園の蔦が見えてきた
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