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エース
第六章
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車が止まる音がした。そこにいたのは。
「暫く振りだね」
「ああ、そうだな」
 赤藤はその上に顔を向けて笑みと共に言葉を返した。そこにいたのはやはり未樹だった。
「最近見なかったがどうしていたんだ?」
「別のところを走っていたんだよ」
「別のところをか」
「学校でね」
 こう赤藤に語ってきた。
「走っていたんだよ」
「そういえばあんた学校じゃ陸上部だったか」
「これでも長距離のホープなんだよ」
 少し誇らしげに笑っての言葉だった。
「意外かい?」
「いや、別に」
 自分の側に降りてきた未樹に対して述べる。
「それはな。身体見ればわかるさ」
「身体つきでわかるんだね」
「陸上選手には陸上選手の筋肉があるからな」
 赤藤は言う。
「野球選手にも野球選手のな」
「やっぱりわかるんだね」
「わかるさ。だからあんたは走ってるんだな」
「その通りさ。あんたが投げるのと同じでね」
 やはりクールな表情は変わらない。だが声はくすりと笑っていた。
「私だって走るんだよ」
「そうか」
「もっともあんたはいつも私と同じ位走ってるみたいだけれどね」
「ピッチャーだからな」
「いや、それでもだよ」
 赤藤に対して言葉を言い加える。
「相当だよ、あんたの走る距離はね」
「そうだろうな。本当によく言われるな」
「自覚しているんだね。それで」
「本題か」
「今から投げるんだよね」
 グローブとボールを見つつ赤藤に対して問うた。
「久し振りに」
「ああ、そのつもりだ」
 未樹に対して答える。
「だから持って来たんだよ」
「そうよね、やっぱり」
「じゃあ聞くけれど何だ?」
 赤藤の言葉が微笑んでいた。
「ボールは何の為にあるんだ?」
「勿論投げる為だよ」
「そうだな。それでグローブは」
「ボールを受ける為さ」
 言葉は決まっていた。それ以外の何でもない。野球のことをあまり知らなくてもこの答えは決まっていた。それ以外にはないものであった。
「他にないじゃないか」
「じゃあわかるよな。俺がこの二つを持って来たのは」
「投げるんだね」
「とりあえずな。キャッチボール程度しかできなくても」
 それでも投げるというのだった。赤藤の言葉は本気だった。
「投げてみるさ。久し振りにな」
「お医者さんからはいって言われたんだ」
「そうじゃなきゃ投げないさ」
 不敵に笑っての言葉だった。

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