第一章
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断が早くそれを変えない男だった。
「もう潮時ですから」
「だからいいんだね」
「はい、決めました」
今の彼の言葉は何よりも強い響きを持っているものだった。
「ですから。俺は」
「コーチになってくれるか」
「日本一にもなりましたし名球界にも入ることができました」
そうした意味で非常に恵まれた現役生活だった。振り返って見てみても不服はないし後悔もない。未練も感じることはなかった。
「だからもう」
「そうか。じゃあ」
「コーチになってくれるんですね」
「球団としては俺には今度はそれで活躍して欲しいんですよね」
「ああ、そうだ」
その言葉にははっきりと頷いてみせてきた。
「頼むよ、是非」
「背番号は永久欠番も考えているから」
「いえ、それはいいです」
しかしそれに関しては断るのだった。
「それなら有望な若手にでも譲って下さい」
「そうか、それでいいんだね」
「ええ。じゃあそういうことで」
「うん。では安武コーチ」
もうコーチという呼び名になっていた。
「これからも頼むよ」
「わかりました。それでは」
こうして彼は現役を引退しコーチに就任することになった。引退試合は秋のオープン戦で済ませすぐにコーチとしての仕事になった。二軍でピッチャー達を見るがこれといって思うことはなかった。
「何かな」
「何か?」
「ああ、監督」
白髪で細い皺の多い顔の好々爺が出て来た。このチームの監督である関根種友であった。選手育成にはかなりの定評がある球界の著名人である。このチームの監督になって二年目で安武にとっては馴染みの監督である。
「どうも」
「で、何かあったのか?」
監督はすぐに安武に対して言ってきた。話の続きであった。
「どうも見るものがあったようだがな」
「見るものがないんですよ」
しかし安武は監督にこう述べるのだった。
「どうにもこうにも」
「見るものがない」
監督はそれを聞いてその皺だらけの顔を顰めさせた。
「そうか?かなりいいと思うんだが」
「去年と変わりませんよ」
安武はこう監督に言葉を返した。
「新人はまだ見ていないですけれど皆去年と変わりませんよ」
「じゃあいいじゃないか」
「まずはですね。ただ、俺がいませんから」
「俺がいない」
「ストッパーがいないってことですよ」
彼が言うのはそれであった。
「それが問題なんですよ」
「ストッパーか。そうだな」
「俺がいなくなってストッパーがいませんよね」
「それはな」
監督もそれは承知していた。監督が知らなくて誰が知っているという話だった。
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