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或る皇国将校の回想録
第一部北領戦役
第七話 Phoney War
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う気遣わしげに言葉を濁した将校は左腕に包帯を巻いた若い少佐であった。

「はっ・・・はい、あの、銃で殴られたらしく。
倉に気絶して倒れておりました。傍に忌々しいこの毛皮帽が」
 そういって村長は震える手で帝国軍の毛皮帽を差し出した。
「やはり――ここまで来ているか。<帝国>軍め」
 少佐は穏和そうな顔を歪め、怒りを滲ませながら話した。
「この狼藉の借りは必ず兆倍で返します。しかし今は貴方達自身の事を考えなくては。
我々は可能な限り皆さんを守る義務があります」

「どういう事でございますか?」
 おそるおそる村長が尋ねる。
「お気づきでしょうが、我々は内地へと撤退を開始しています。
我々は貴方達を近衛兵達に護衛させ、美名津へと送り届けます。
そうすれば我々が内地への転進を完了させるまで、〈大協約〉が皆を守ります。」

「情けない事を儂の若い頃は、先代の北領公様の手勢に加わっていた頃は・・・」
 老人が枯れ木の様な腕を震わせ、過去を眺め、詰問する。
「四万の軍勢と相対したと?今は昔話を拝聴する時間はありません。」
 若い少佐は僅かな苛立ちを込めて言葉を遮った。
「――失礼しました。申し訳ありませんが、時間に余裕があるとは言えません。
この冬場に五十里も歩くのは辛いでしょう、軍の馬車を四台貸してさしあげます。
街道沿いの全ての村にも伝えていただきたい。さぁ、急いで準備を」
 ――でないと女は犯され男は奴隷、村は略奪しつくされますよ。
そう感情の無い声と表情で告げられ村人達は慌てて逃げる準備を始めた。 



 ――瞬く間に村は無人となった。
「皆、よくやってくれた。これでこの街道の人々も美名津へと移動するだろう。」
 大隊長は将校達を褒めるが、大半の将校達は不機嫌そうにしている。
 ――演技とはいえ村人を殴ったのだから健全な反応だろうな。
豊久自身は溜息をこらえるにとどめた、彼が直率するのは杉谷少尉を含む鋭兵中隊に後方支援用の工兵二個小隊に療兵分隊と輜重・給食隊のみである。
 他は新城の遅滞戦闘隊に回し、事実上は主力を大隊長ではなく次席指揮官の新城大尉が率いている。
本来ならばあまりよろしくない行動であるが、こうした工作を行うのならば高位の将校が説得する方が信頼されやすい事。それに何より村を焼く際に馬堂少佐が立ち会うべきであると考えていた故であった。
「――さて、そろそろ火を着ける用意をしようか。」 


同日 午前九刻半 真室大橋より後方二里
遅滞戦闘支隊 支隊長 新城直衛大尉


 新城直衛はこと物事を取り止める事に関しては将校としての教育を受けた人間の中では異常な程に果断であった。
「頃合だ。後退するぞ。」
 ――これ以上の長居は危険だ。敵も警戒して砲を用意させるだ
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