第五章
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第五章
「仕事でな」
「そうだったのかい」
「今日帰ってきたばっかりだったんだよ」
「済まないね。疲れてるのに」
お袋は俺に申し訳なさそうに言ってきた。その優しさまで痛かった。
「いや、いいよ。そうなのか」
「そうだよ。お葬式も終わったよ」
「何もかもがかよ」
何かそこまで聞いて急に身体の力が抜けてしまった。
「あいつが」
「コンサート頑張りなよ」
お袋は俺を励ますように声を送ってくれた。
「あの娘も言ってるんだしね」
「ああ、わかってるよ」
俺はその言葉に頷いた。
「じゃあ今度武道館だからよ」
「はじめてだったね。あそこは」
「そうさ。気合入れてくよ」
「踏ん張りなよ。武道館でなんてそうそうできやしないからね」
本当に。今の俺にとっては最高のお袋だった。ずっと最低のお袋だったのに。何でこんなことに気付かなかったのか。
「わかってるよ。じゃあな」
「ああ。たまには帰って来なよ」
「気が向いたらな」
これはいつもの決まり文句だった。それが終わってから俺はその場に崩れ落ちた。そして深い溜息と一緒に煙草を取り出した。
それに火を点ける。一服すると落ち着いた。
「嘘だろ・・・・・・」
話を聞いても心の何処かでそう思った。
「あいつがかよ」
だが本当のことだった。そして武道館のコンサートの日になった。俺は今ステージに向かおうとしている。
「今日はとことんまで歌うぜ」
俺はリーダーに対して言った。
「喉が涸れるまでな」
「あの娘の為か」
「ああ、あいつに届けてやるさ」
俺はこの時本気だった。
「あいつのところまでな。届くよな」
「届くんじゃないだろ」
後ろにいた髭が言ってきた。
「届かせるんだろ」
「そうか。そうだったよな」
それを言われてやっと気付いた。
「そうだったよな。届かせるんだ」
「そうだよ。今日は特別なんだからさ」
後輩も声をかけてくれた。
「頑張っていこう」
「わかったよ」
「それにこれが夢だったんだろう?御前の」
今度はベースが声をかけてきた。
「俺達の夢だったけれどよ。武道館で歌うのは」
「そうだったよな」
それも言われてやっと思い出す。本当に一つのことしか考えられなくなっていた。
「ここで歌うのがな」
「行こう、あの娘が待ってるよ」
ドラムがわざと明るい声で俺に声をかけてくれた。
「あんたの歌が聴きたいって」
「俺の歌か」
「兄貴の歌じゃなきゃ駄目なんだよ」
最後に弟が俺に言ってくれた。
「だからさ」
「よし」
これでもう俺は最後まで心が決まった。
「歌いに行く」
「ああ」
「じゃあな」
七人でステージに出た。黄色い歓声と光が俺達を包む。
席は満員だった。けれど一つだけ空い
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