第五十一話 オペラ座の怪人その九
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「じゃあ、余韻に浸るのもいいけれど」
「ええ、ロイヤルボックスによね」
「今から」
「行くわよ」
こう言うのだった。
「今からね」
「ええ、それじゃあね」
「行きましょう」
愛実と聖花が応えてだ、そしてだった。
一行は席を立ちロイヤルボックスに向かった、そのロイヤルボックスに入るとそこにあの銀色の仮面の男がいた。
見れば今は帽子を取っている、髪は黒のオールバックだ。そしてマントを羽織っている。
背はかなり高い、一九〇を超えている。均整の取れたスタイルだ。
その彼がだ、五人に優雅な舞踏会でのダンスを誘う様な一礼をしてから言ってきた。
「グーテナハト、フロイライン」
「グーテナハト!?」
その言葉にだ、愛実は眉を曇らせて応えた、とはいってもその前にちゃんと頭を下げてお辞儀をしているところは見事だ。
「英語じゃないわよね」
「ドイツ語よ」
その愛実にやはりお辞儀をし終えた聖花が応える。
「今のはね」
「ドイツ語なの」
「フロイラインって言葉もね」
「何か綺麗な響きの言葉だけれど」
「お嬢様って意味よ」
聖花は愛実にこう話す。
「つまり今晩は、お嬢様って挨拶してくれたの」
「お嬢様って私達が?」
「そうみたいね」
「違うわよ、私達がお嬢様なんて」
愛実は何それという顔でその言葉を否定した。
「よくおかんだの言われてるのに」
「私もね、お嬢様とかね」
聖花にしてもだ、自分がパン屋の娘だからだというのだ。
「そんなのと違うから」
「お嬢様なんてね」
「ちょっとね」
「まあまあ、オペラ座の怪人はドイツ紳士なのよ」
花子さんが二人に言ってきた。
「ドイツから来たね」
「バイエルンから来た」
仮面の怪人はテノール、それも低い所謂ヘルデン=テノールの声で言って来た。
「その王都だったミュンヘンからね」
「ミュンヘンってオリンピックもやった」
「確かルートヴィヒ二世のいた」
「そうだよ、そこから来たんだよ」
この八条学園にだというのだ。
「ルートヴィヒ二世も世を去りヴィッテルスバッハ家も王でなくなってからね」
「一次大戦の時ね」
その時のことだとだ、聖花が愛実に話す。
「あの時にドイツの王様は皆退位したから」
「私はバイエルン王家が好きだった」
そのヴィッテルスバッハ家がというのだ。
「しかし彼等が去りナチスが台頭してきてだ」
「ドイツを去ったの」
「それでここに来たのね」
「そうだ、悩んだがな」
ドイツから日本、この八条学園に来たというのだ。
「それで今はここにいるのだ」
「ううん、何ていうかね」
「歴史ね」
「この劇場はいい」
怪人は声に微笑みを入れて二人に語った。
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