焦がれる夏
参拾 奇跡の価値は
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第三十話
苦しい展開だな。
ま、苦労せずにあのジジイが率いる是礼に勝てるなんて思っちゃいなかったが。
あの剣崎の奇跡のような満塁ホームラン。
あれを食らっても、「あんなものは奇跡に過ぎない」と割り切って後の試合を運べるのが名門の強さだな、と自分がかつて居たチームに感服するばかりだ。
ウチのような何も失うものもない、伝統も実績も何もないチームが、失うモノだらけのチームに勝ってここまで来たってだけでもそれは奇跡なのかもしれない。
神様、もう一度だけ、もう一度だけでいい、奇跡を俺たちにくれ。
世の摂理からすると、勝つべきは是礼だ。
でもそんな事はどうだっていい。
努力が足らなかろうが、賭けるモノが少なかろうが、目の前の一つの試合に勝ちたいと思う事の、何がいけない?
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高く跳ねたゴロが投手・高雄の出したグラブをすり抜ける。打った青葉は一塁へ快足を飛ばす。
ショートの琢磨が打球に対して全力でダッシュし、柔らかいグラブ捌きでゴロをすくいあげる。まるでグラブに吸い付くようだ。
かと思うと、即座に右手にボールが持ち替えられ、ステップを整える事なくそのままランニングスロー。手先だけの送球にも関わらず送球はファースト分田の胸に真っ直ぐに伸びていき、頭から滑り込んだ青葉より一瞬早くそのミットに吸い込まれる。
「アウトォ!」
一塁審判が力強くアウトを宣告し、是礼応援団から大きな歓声が上がる。
この琢磨の美技で、是礼は2回続けてネルフ打線から三者凡退を奪う。
高雄は完全にリズムに乗り、リードこそ許しているが是礼が試合の主導権を握りつつある。
「くそー」
顔まで黒い土で汚した青葉は悔しさに唇を噛む。初回の満塁ホームランから、一向に追加点が奪えない。ネルフナインには明らかに重苦しい空気が漂い始める。
「ふぅ…」
ベンチの後列に腰かけて休んでいた真司が重い腰を上げて7回裏のマウンドに向かう。
あと3回、9つのアウト。
ただそれだけの事が、今は難しいことに思える。
そう思ってしまう時点で、逆転は時間の問題だった。
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「……貴様ら、よくここまで私の指示を徹底してくれた。この回から、貴様らに任せる。」
7回裏攻撃前の円陣で冬月が選手に語りかける。
「心なしか、碇の球は浮いてきている。球威も無くなってきた。ボールになる変化球にだけ気をつけて、しっかりと振り抜け。そうすれば、貴様らは必ず打てる。」
冬月はパン、と手を叩き、細い目を見開いて、珍しく大声を出す。
「この回で決めてこい!」
「「オオーッ!」」
力強く是礼ナインが頷いた。
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