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第一章
涙のリクエスト
俺は電話ボックスに入った。真夜中の誰もいない夜道の中に浮かぶようにしてぽつんとあったその電話ボックスに入って。それから財布の中を探った。
「よかった、あったな」
まずはあるのを確かめてほっとした。コインは一枚だけ残っていた。
「バイト料が入るのもまだ先だしな」
俺は一人呟いた。残念ながら俺は金はない。高校でもいつも遊んでいて金がない。それでバイトばかりしているのが俺の日常だ。
「それじゃあな」
その俺が電話のダイヤルを回してそれでかけたのはラジオ局だった。そこで歌をリクエストする。
「この曲ですね」
「ああ、その曲な」
こう電話に出て来たDJに答える。
「その曲な。それでさ」
「はい。伝言ですか?」
「ああ。あの娘に伝えて欲しいんだ」
「あの娘!?」
「こっちの話だよ」
それが誰かはあえて言わなかった。あくまで俺だけの話だったから。
「だからあの娘でいいから」
「そうですか」
「それで曲は」
ここからが本題だった。DJにその曲をリクエストした。
「それで。いいかな」
「ええ、わかりました」
DJは俺のリクエストに気さくに答えてくれた。
「じゃあ今から」
「それでな。それじゃあ」
ここまで伝えて俺は電話を切った。それから電話ボックスを出て一人夜道を歩きはじめた。夏の海沿いの夜道は誰もいない。遠くに家の灯りが見えて時々車が行き交うだけだ。その車のライトの灯りも見ていてもどうとも思わなかった。その時の俺にはどうでもよかった。
煙草を吸いながら鞄の中のラジオを出してヘッドホンを付ける。するとその時に曲がはじまった。その歌を聴きながら俺は昔のことを思い出していた。
俺はトランジスタのボリュームを思いきりあげた。そのうえであいつに言ってやった。
「じゃあ踊るか」
「ええ」
あいつは俺の言葉に笑顔で頷いてくれた。
「それじゃあ。踊りましょう」
「はじめてだけれどな」
「そうよね。二人で踊るのはね」
場所はあいつの家だった。俺ははじめてあいつの家に来てそれで二人で踊りに入った。
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