第一章
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今は誰もいないわ」
「今は、ね」
「そうよ。だからここにいるのよ」
どんな事情があるのか。だがそんなことは俺には関係はない。気がつけば俺も女もアドニスを飲んでしまっていた。女はそれを見てまたバーテンに声をかけた。
「フローズン=ベリーを。二つね」
「わかりました」
「今度はウォッカなんだね」
「強いお酒の方がいいでしょ?」
女は頼んだ後で俺に問うてきた。
「退屈を忘れるのには」
「今夜のこれからも考えるとね」
俺も悪戯っぽく笑って返した。
「強いお酒の方がいいわよね」
木苺とレモンジュースを入れたカクテルだ。甘口で飲み易い。どうやらこうした赤くて酔いの早い酒が好きなようだ。
「それじゃあまた飲みましょう」
「うん」
ここで女は髪を掻き分けた。左耳が見える。そこにある金色のピアスがステンドガラスの光を反射する。そしてグラスの赤い酒の光は彼女の白い顔を照らしていた。
それから暫く飲んだ。気がつくと俺はホテルのベッドの中にいた。安いラブホテルじゃなかった。名前には聞いたことがあるがとても俺なんかが泊まれるようなホテルじゃない。正直ベッドの中で俺は驚きを隠せないでいた。
「驚いたかしら」
隣にはあの女がいた。身体をシーツで隠して俺に尋ねてきていた。
「驚くも何もね」
俺は煙草を咥えながら言った。
「まさか。こんなホテルに泊まるだなんて」
「あら、大したことはないわよ」
女はくすりと笑ってこう返してきた。
「こんなホテルなんか」
「こんなね」
それに応えながら火を点けた。そして煙を吐き出す。
「お金持ちだったとはね」
「お金だけ持っててもね」
女の笑みが寂しげなものになった。
「何もならないのよ」
「どうだか」
俺にはわからない話だった。こっちは毎日必死に働いて金を稼いでいる。生きる為には何だってしなきゃならない身の上だ。そんな人間にはわからない話だった。
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