第一章
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にも来ている。
「好きなのよ」
女はそれを聞いて言葉を返してきた。
「アドニスが」
ギリシア神話の美少年の名前をつけたらしい。そっちには詳しくはないがシェリーと甘いイタリアン=ベルモットの組み合わせはこうした夜の店に合っている。今飲んでいるのを飲み終えた俺もそれを頼むことにした。
「こっちもアドニスを」
バーテンに言った。バーテンはそれを聞くとにこりと笑った。そして頷いてくれた。
「畏まりました」
「頼むよ」
「私が頼んだからかしら」
女はそれを見て笑った。その目が退廃的に曲がる。
「まあね」
俺は素っ気無い様子でそれに頷いてみせた。
「元々好きなカクテルだしね」
「そうなの」
「シェリーは好きでね」
「合うわね」
女はそれを聞くとさらに笑った。
「私もそうよ」
「それはまた」
「じゃあ今夜は飲もうかしら」
「それで退屈を紛らわせる」
「ええ」
ここでアドニスが運ばれてきた。それで乾杯をする。
「退屈は嫌いなのよ」
女は乾杯の後でこう言った。後ろからジャズの曲がゆったりとしたテンポで聴こえてくる。
「ただ時間が流れていくだけなのは」
「そんなことは忘れてしまいたい」
「そうよ」
その赤い唇にその赤いカクテルを近付ける。そして口に含んだ。
「それだけはね。許して欲しいわ」
「どんな事情があるのかはわからないけれど」
俺もカクテルを口に含んだ。それから言った。
「そんなに退屈が嫌なら付き合うよ。今夜はね」
「今夜だけなの?」
「退屈を紛らわせたいだけなら」
俺は乾いた言葉を出した。
「一夜だけの方がいいだろ?お互いにね」
「それもそうね」
女もそれに頷いた。賛成してくれたらしい。その時女の吐息が俺にあたった。アドニスの香りの他にもう一つ香りがあった。
それはムスクだった。身体からもその香りが漂う。だが口からはより強い香りがした。どうやら口の中にもムスクの香玉を入れているらしい。これははじめてだった。
その香りが俺の心を誘った。今夜はこの女と一緒にいたいと心から思うようになった。ムスクの香りが俺を誘っていた。
「俺も寂しいしね」
俺は言ってしまった。ムスクに本心を出させられてしまった。
「あら、貴方も」
「今は一人身でね。寂しいものさ」
「私もよ」
女は自分もそうだと言った。だが俺はそれは信じなかった。
「嘘だね」
俺はこう言ってやった。
「何でそう言えるのかしら」
「その指さ」
俺は彼女の左手の薬指を指差して言った。
「その指輪を見ればね」
「今は違うわ」
だが女はこう言って不思議な笑みを浮かべてきた。
「違う?何が?」
俺はからかってやった。アバンチュールなら望むところだがこうして突付くのもいいものだ。
「
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