第六章
[8]前話
「ですから」
「だからですか」
「それで」
「そうです、私はどなたの申し出も受ける訳にはいかないのです」
こう言うのだった、常に。
「そうしているのです」
「そうですか、それでは」
「残念ですが」
言い寄る男達は去るしかなかった、そしてだった。
ヴィルヘルミナは喪服を着て屋敷において夫の冥福を祈るばかりだった、そうして長い後半生を過ごし。
公爵家を継いだ公爵の嫡子、継子に当たる彼にもこう言うだけだった。
「私は多くはいりません」
「では父の遺産もですか」
「はい、いりません」
こう言うのだった、夫に外見も性格もよく似た彼に。
「あの人が私に残してくれた屋敷だけで」
「そうなのですか」
「全ては公爵様に」
つまり嫡男である彼にだというのだ。
「お任せします」
「わかりました、では」
「ただ。一つ御願いがあります」
遺産の相続権を放棄し身の周りのものだけでいいとしてだ、そのうえで言うことはというと。
「私が死んだ時にあの方の隣に葬って下さいますか」
「それだけでいいのですか」
「充分です」
まさにそれだけでだというのだ。
「私は」
「そうですか、では」
「はい、御願いします」
こう言うのだった。
「私の望みはそれだけです」
「わかりました」
彼もヴィルヘルミナの言葉に応えた、そのうえで答えた。
「そうさせて頂きます」
「是非共」
ヴィルヘルミナはこれだけを望んでいた、そうして。
静かに余生を過ごし続け彼女も老衰で死んだ、その彼女を。
公爵家の者達は彼女の願い通り公爵の横に葬った、その時にだった。
皆柩の中の彼女の顔を見た、その顔は九十を超えてもまだ若々しさが残り美しかった。しかもその表情はというと。
「いい顔ですね」
「はい、本当に安らかで」
「嬉しい様な」
そうした顔だった、ヴィルヘルミナの死に顔は。
とても楽しみにしている感じだ、皆その彼女の顔を見て言うのだ。
「これまでずっとこの時を待っておられましたが」
「愛し合っていたのですね」
「そうですね」
このことがよくわかった、彼女の死に顔から。
「愛は年齢の差を超えますか」
「そして育まれていくものですね」
このことがわかったのだった、彼等もまた。
ヴィルヘルミナは彼女の遺言通り夫の隣に葬られた、そのうえで愛の中で眠るのだった。二人が生きていた時の様に。
老公爵 完
2013・6・1
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