第四章
[8]前話 [2]次話
「それでお兄さん夫婦と喧嘩をされて」
「それで東京からもですか」
「出られて 流れに流れて」
九州の炭鉱に来たというのだ。
「そこで働いておられたそうです」
「そうだったのですが」
「それでご夫婦で小さな部屋を借りておられました」
「それでそのご夫婦は」
「はい、小さなお子さんがおられたんですが」
ここで老人の話は曇ったものになった。
「男の子が」
「男の子ですか」
「奥さんはその子を産んだ後産後のひだちが悪く」
老人はこのことはこれ以上は言わなかった、言うには辛くしかも言わずともわかることであるからだ。実際に慎太郎もここまで聞いて察していた。
「それで父親一人、子供一人になりまして」
「それは大変ですね」
「はい、まだ子供は小さくて」
とても男手一つでは育てられない、それでだというのだ。
「仕方なく東京に戻られました」
「その子の為ですね」
「お兄さん夫婦にお子さんがいないので引き取ってもらいたいと仰っていました」
「まさか」
慎太郎はここまで聞いてまたわかった。
「その子は」
「?何か」
「いえ」
気付いたことは老人には言わなかった、言えなかったと言っていいだろうか。
「何でもありません」
「そうですか」
「はい、それで慎二郎さんはそこからどうなったのでしょうか」
「東京に戻られたらしいですが」
だが、というのだ。
「それから先は私も」
「そうですか」
「お元気ならいいですが」
老人は遠い目になって慎太郎にこうも言った。
「本当に」
「わかりました」
ここまで聞いてだ、慎太郎は老人に静かに言った。
「それでその慎二郎さんと僕がですね」
「お歳は慎二郎さんの方が幾分上でしたが」
「そっくりなんですね」
「もう生き写しです」
そこまでだというのだ。
「それで驚いたんですよ」
「そうだったのですね」
「ええ、まあ世の中似ている人もいますからね」
老人は慎太郎の顔を見ながら述べる。
「こうしたこともありますね」
「そうですね」
慎太郎は老人の言葉に頷いたのだった、そして。
そのうえでだ、こう老人に対して言った。
「それでは今日のことは」
「何か?」
「有り難うございました」
教えてくれて、というのだ。
「本当に有り難うございます」
「いえ、別に」
老人も彼の言葉に恐縮した感じで返した。
「お礼を言われる様なことは」
「いえ、本当に」
「とにかく世の中は似ている人がいますね」
老人は事情を知らないまま話していく。
「私も驚きました」
「そうですね」
慎太郎は今は相槌を打つだけだった、だがこの日の老人との話は彼に決定的な何かを宿らせた、それでだった。
[8]前話 [2]次話
※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりを挿む
[7]小説案内ページ
[0]目次に戻る
TOPに戻る
暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ
2024 肥前のポチ