五幕 硝子のラビリンス
5幕
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目の前でヒトが泣いている。フェイ自身の何かを慮って。初めての経験に、フェイは自分が悪いことをしたせいかと焦った。
「エリーゼ、何で泣くの? イタイの? カナシイの?」
エリーゼは涙を散らして首を横に振った。
『痛かったのはフェイのほうでしょー?』
ヌイグルミのティポさえ丸い目を潤ませている。
「フェイさん。痛かったなら、痛いと言っていいのですよ」
「言って、イイ?」
ローエンから慈しみに満ちた表情を向けられる。
これをフェイは知っている。唯一許された外界とのコンタクトで、TV電話で話す時のマルシアが時々こんな表情をしていた。
フェイは、この生活になってから、初めて考えた。ずっと考えないようにしてきたこと。
――あれらの仕打ちは果たして「イタカッタ」だろうか?
やれ、と研究者たちは言った。フェイに精霊の召喚を、術の発動を迫った。
できて歓声を上げる者、恐れ慄く者はいたが、フェイを褒める者は一人もいなかった。
食事も睡眠も一人だった。精霊たちに痛めつけられた日も一人だった。
無数の観葉植物に囲まれた飼育箱。それがフェイの10年間過ごした「家」だった。造花ではなく生花が植えられていたのは、フェイが微精霊にマナを搾取されることで微精霊が活性化するので、植樹の研究ができたからだ。研究者は、フェイに行われる精霊の略取さえ観察していた。
あの〈温室〉に人間はいなかった。いたのは機巧人形だけ。着替えも身繕いも、全て動物の機巧人形が世話をした。人間と接するのは、実験中、精霊学者とだけだった。
頭も体も中身をレントゲンやCTスキャンで何百回も撮られた。注射はその倍の数だけ打たれた。痕そのものは医療用黒匣カプセルが綺麗に消したけれど。
たくさんの器具を取りつけられた。たくさんの悲鳴を記録された。たくさんの涙を測定された。
そんな日々は、フェイにとって「イタイ」と言えるのか。
「うん――」
気づけばフェイの口を突いた音。
「うん……イタ、かった」
ぽろり。涙が一粒落ちた。フェイ・メア・オベローンが初めて、あれらの日々、あれらの仕打ちに何らかの感情を持った涙であり、ひた隠した「フェイリオ」のココロが零した涙だった。
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