第三章
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第三章
「ダンスは」
「いいわ」
「今日もなんだな」
「また今度ね」
「わかったよ。今度だな」
「そう、今度よ」
完全な空返事だった。実際にはそんなつもりはないのは誰が聞いてもわかることだった。けれどそれでもだ。俺は祖の言葉を受けた。
「じゃあいいさ」
「有り難う」
「だから御礼はいいさ。御礼したいのならな」
「したいのなら?」
「他の場所に行かないか?」
その横顔、大人の女の顔を見ながら誘った。
「飲んだ後でな」
「それもね」
「嫌だっていうんだな」
「ええ。飲み終わったら帰る」
これが返事だった。今回もこんな返事だった。
「そうするわ」
「そうかよ。じゃあな」
「ええ、またね」
「この店でお別れなんだな」
「今は。そうしたいから」
言葉の調子は変わらない。本当に何一つとしてだ。
そのことに苛立たしさを感じていたのは確かだ。それでもだった。
俺はだ。そうした気持ちを抑えてこう返した。
「じゃあな」
「ここで終わりね」
「またこの店に来るな」
「ここにいるわ」
それはいいというのだった。
「次もね」
「そうか。じゃあまたな」
「ええ、またね」
こんなやり取りが続く。しらけもする。正直何か面白くなさも感じていた。けれどそれでもだった。俺はまたその店に行ってだった。
カウンターのところに来てだ。挨拶をした。
「よお」
「こんばんわ」
いつも通りの素っ気無い挨拶だった。
「元気そうね」
「お互いな」
「今日も飲むのね」
見事なまでに表情を変えないで俺に言ってくる。
「そうするのね」
「まあな。今日もな」
「飲むのならいいわ」
「それなら一緒にだな」
「ええ。それに」
「それに?」
「今日は気分がいいから」
何とも素直でない言葉だった。いつも通りって言ってしまえばいつも通りだ。
「だからね。最後はね」
「何だよ。ダンスでも踊るのかよ」
「それはないわ」
相変わらずだった。ここまで変わらないとかえって安心する位だ。
「ただね」
「ただ?店の外にも行かないよな」
「名前は教えてあげるわ」
それだった。条件は少しだけ緩くなった。
「それはね」
「そうか。じゃあそれ楽しみにしておくな」
「それじゃあね」
「ああ、それまでは一緒にな」
「飲みましょう」
こうして今日も二人で飲む。飲むことだけじゃなくなってはきた。そんな調子で俺達は今日も飲む。分かれたばかりの者同士で二人、そんな俺達だ。
NANA 完
2011・1・9
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