五幕 硝子のラビリンス
3幕
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「――これでよかったのでしょうか」
ローエンはつい口にした。ルドガーは否とも諾とも言わず、ただ俯いた。
フェイは息一つ乱さず、爪を手の平に食い込ませる勢いで拳を握り、ケージを睨みつけている。憎い仇でも見るように。
否、それは真実、仇を見据える目だった。ずっと明るく接したエルでさえ、不安げにフェイを見上げるほどだ。
粘ついた沈黙を破ったのは、男の悲鳴だった。
「黒匣なしで算譜法を使った…!? 何なんだお前たちは!」
ジランドがこちらに銃を向けている。しかし彼の手、いや、体は震えていた。
1年前に戦ったジランドと同じ人間とは思えない狼狽ぶりだが、ここでの彼はリーゼ・マクシアに漂流する体験をしていないのだ。貴族として、戦う機会もなく過ごした人間なら、これが当然の反応。ローエンたちにとっては当たり前の精霊術も、エレンピオス人からは恐怖の対象だ。
「落ち着いてください、これは精霊術といって――」
「寄るな、化物!」
ジランドがトリガーを引いた。ローエンは被弾を覚悟した。
ふわり。視界に飛び込んだ、色のない髪。
銃声が轟いた。ローエンには一発も当たらなかった。
代わりに、どうやってか間に現れたフェイが、ローエンを庇って弾を受けたのだ。
ルドガーが双剣を抜き、アルヴィンが怒号を上げて銃をジランドに向ける。
ローエンはアルヴィンをすぐさま止めた。
「これ以上は……たとえ分史世界であっても」
アルヴィンは、意が通じたのか、苦い顔で銃にセーフティをかけた。
ジランドはルドガーに追い立てられてすでに逃げていた。
「フェイっ!」
エルの悲鳴。ガラスの柵に凭れて座り込むフェイは、ほんの少しだけ眉根を寄せていた。
白いブレザーとむき出しの太腿に赤が広がっていく。
「ヘーキ。イタイの、慣れてる。お姉ちゃんは気に、しないで……ローエン、イタイの、ない?」
「ええ。フェイさんが庇ってくださったおかげでピンピンしておりますよ」
フェイは弱々しくも微笑んだ。その笑みが言葉より雄弁に、ローエンが痛い思いをしなくてよかったと語っていた。
「すぐ手当てします。じっとして」『楽にしててねー』
エリーゼがフェイの横に膝を突き、治癒術を施し始める。
(このあべこべ感は何でしょう。アスカに対して強大な力を振りかざす横暴さと、我が身を他者の盾にする行き過ぎた献身……いえ、フェイさんの中では平仄が合っているとしたら? アスカの時と私の時の違い……相手が精霊か人間か?)
全員がフェイの治療を見守る中で、沈黙を破ってGHSが鳴った。着信メロディはルドガーのものだ。
ルドガー
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