最初の夜に
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……、
「面白そうだな」
ポツリと、独り言を呟くように、そう続けた。
外界より隔絶された閉めきられた室内。明々と灯る室内灯の蒼白い光を受け、青年の影が黒く床に切り取られる。
黒く、黒く、邪悪な影が……。
「好きにすれば良い」
少女は、彼女独特の口調で、そう告げた。それは……まるで諦めた者の口調。
但し、それは諦観などではない。これは……拒絶。他はどう成っても、自らの心は渡さない。その決意。
一度は失った自らを、二度と失わないと言う決意。
その答えを聞いた青年……少年が笑う。嗤う。そして、哂う。声を上げて笑っている訳では無い。口角にのみ笑みを浮かべ、瞳の中心に少女を映したまま、
ただ、笑っていた……。
そして――
「これが、三年前のあの日に、俺を殺そうとした女かね」
笑いの中に邪気を隠し、呆れたような口調の中に狂気を孕む。
それは、陰にして、淫。狂にして凶。
笑いに満ちた世界。本来、陽の気に包まれたはずのその空間から感じるのは冷たく、そして乾いた大気。
しかし――
しかし、その中に微かに漂う異臭。それは、ありとあらゆるモノが腐り行く際に発せられる異臭のようでもあり、異世界から流れ来る薔薇の香気のようにも感じられた。
その瞬間、青年の背後の空間がゆらり……と波紋のように揺れる。まるで澄んだ水面に広がる波紋のように……。
いや、それだけではない。その何もないはずの空間に広がった波紋の向こう側から、次の瞬間、何かがゆっくりと顔を出して来たのだ。
ゆらゆらと。ゆらゆらと虚空を漂いながら、まるで熱を感じさせない光の珠。
それはまるで深き水底から立ち昇る泡のように、青年の背後の何もない空間から忽然と顕われ――
そのまま青年の頭上で滞空。少女、そして、この冷たき大気と、人工的な青白い明かりが支配する世界に艶やかな色彩を放った。
ゆるやかに明滅を繰り返すような、虹色の色彩を……。
「これに触れたら、今すぐに、あいつの居る場所に行けるぜ」
地の底から。空の果てから聞こえて来るようなその声。それは少女にまとわりつき、周囲を澱ませ、何か……決定的な何かを変質させた。
青年の闇を孕みしその言葉に、初めて少女の表情が動いた。この陰にして、どうしようもない狂気に等しいその空間に相応しくないその表情は、読書の後に誰も居ない虚空を見つめていた時に浮かべていた表情。
しかし……。
二度、ゆっくりと首を横に振る少女。
その表情は、最初の物。無にして、透明な表情を浮かべる彼女そのもの。
但し、表情から窺い知る事の出来ない彼女の精神は、この時、どのような物で有ったので有ろうか。
彼女の答えに、青年は嗤う
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