後編
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を伏せて、手のひらで覆い、嗚咽を漏らして。咽び泣かずにはいられないというように、わなないて。全身で、その悲しみに耐えている。僕は呆然と、そんな彼を傍らで眺めるしかできないでいる。
僕にとって。そしてきっと、お父さんや他の皆にとって、saiは強さだけの存在だった。
僕は、進藤が……人が、こんな風に取り乱す様を知らない。人が一人いなくなったと、悲しむ人間を。その悲しみを、僕は、知ることができない。
僕とって、saiは、その程度だ。
saiとは、突如出現した、謎を解き明かす手がかりだった。謎とは。強さに見合わぬ稚拙な物言い、出会ったその後の棋力の差、それら過去にまつわる君の矛盾。今となってしまっては。それらが解き明かされ、謎が消滅してしまえば、僕は、それでよかったのかもしれない。君という友、生涯の好敵手と対峙する折に、君に差す得体のしれぬ影。その影がちらついて、君の姿を見定められぬぐらいなら。いっそのこと、その影が。
そして、その影は、もう。
一人の棋士だと明かした進藤を、「フジワラノサイ」だと言って、「アイツ」と呼んだ進藤を、…涙を流す君を、僕は、何をもって接すれば良いのだろう。
「どんな人だった」
尋ねると、進藤は、涙で濡れた顔をこちらへ向ける。
「…碁を打つとなると、あいつ、犬っころのようにはしゃぐんだ。俺と打ってばかりなのに、俺と打つしかなかったのに、それでも、いつも楽しそうで。あんなすごい碁が打てるのに。他の奴と全然打てない事、ちょっと不満言うぐらいで、いじけるぐらいで、怒りはしなかった。優しいやつだったよ」
話しながら、涙はまだ止まらないようだったが、進藤はその内に、少しでも気持ちがおさまったのか、表情を穏やかにさせていた。安心して、僕も頬を緩ませる。
「僕はてっきり、君は秀策の生まれ変わりなのかと思っていた」
「…ははっ!なんだそれ!」
それは嘘だった。半分だけ。それでも、進藤は素直に僕の話にのって、目じりに雫をこぼしながらも、本当に可笑しそうに、笑った。だから僕もつられて笑ってしまう。
僕の、君にまつわるあらゆる憶測は、きっと、君がそう笑い飛ばしてしまうぐらいに、馬鹿らしいものに違いない。
真実は、その涙に、違いない。
一頻り笑い終えると、進藤は袖で顔を乱暴にぬぐい、立ち上がる。
「じーちゃんに挨拶。するんだろ?」
「ああ」
階段を下り、蔵の扉の前に差し掛かる。僕はふと不思議な名残惜しさを覚え、後ろを振り返った。
ここから全てがはじまり。進藤が僕の目の前に現れて。僕は進藤を追い。その強さを追った。それが。
はじまりは、幻影だったとして。
…僕は、なんて友達甲斐のない。
戸を開く音が背後から聞こえる。我に返り、僕は正面に直った
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