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浮橋
前編
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付いた。
「家の主が寝てんなよな」
 夕暮れの日差しが、何の遮りもなく部屋に入り込んでいる。
「暗いな、電気をつけてくれても構わなかったが」
「スイッチどこだよ」
 僕はぼんやりとした心地のまま、壁に掛けてあるリモコンまで歩いて、そのボタンを押す。やや点滅をした後に照明が部屋を照らし、眠気眼にその明るさがしみた。
「お前がそんなにだらしないの、初めて見た!」
 茶化す進藤に、寝起きで自制の緩い精神の、怒りの沸点は低く、思ったよりも低い声が出た。
「気は済んだのかい」
「ん?ああ」
 歯切れ悪く笑って、短い笑い声の後、彼は言った。
「ありがとうな。あんなに良くしてくれてて、嬉しかったよ。本当は、今日、棋譜全部持って帰るつもりだったんだけど・・・あのまま、お前、持っててくれるか?」
 まーそもそも、あの量、今日持ってきてたカバンには、収まり切らなかったんだろうけどな!そう言ってのける彼を目のあたりにして、僕は惚けた。
「持って帰るつもりだったのか」
「いや、持って帰らない。お前にやるよ」
 その言葉を聞き届け、僕は思わず叫んだ。
「ふざけるな!」
 進藤は動じなかった。むしろ僕の方が、自分の出した声に驚いていた。
「あんなもの、人に預けるなんて、どうかしてる。あれがどんなものなのか、分かっているのか」
「・・・分かってるよ」
「分かっていない。君は、分かってない・・・!」
 この感情の昂りはなんだろう。やはり、過ぎた事だったのだ。今になって、僕自身、あの棋譜の重みを知ったのかもしれない。5年。いや、5年過ぎるのはまだ先だ。だが、長かった。僕は彼に何か言える程、棋譜に気を留めてはいなかった。あの棋譜が存在するその脅威は、日常と共に薄れていった・・・。
「ありがとうな」
 もう一度、彼は言う。
「持って帰るよ。今日だけじゃ持ち切れないけど。俺のわがままに付き合わせて、悪かった、覚悟を決めるよ」
「いや・・・君が謝ることじゃ無い。今のは僕が悪かった」
「今年の5月5日・・・」
「え?」
「その日、話す事にする」
「・・・・・・こどもの日?その日がいったい、」
 僕はハッとして口を噤む。
「大切な日なんだ」
 その迷いない返事に、僕は息を吐いた。
 そうだ。あの棋譜に記された事実には、恐れることも臆することもいらない。
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