第五章
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さ」
「優しいのね」
彼女は俺の言葉を聞いてその顔を少しあげた。
「騙してたのに」
「騙していたりなんかしてないじゃないか」
これは慰めじゃなかった。俺の本音だった。
「隠していたのと騙していたのは違うよ」
「違うの?」
「そうだ。誰だってさ、言えないことはあるんだ」
この時それがわかった。それがわかったら何もかも終わるってことも。
「だからさ、気にすることはないんだ」
「有り難う」
俺の言葉に礼を言った。
「私なんかに。そんなこと言ってくれて」
「もうここには来ないんだろう?」
「ええ」
彼女は答えた。
「どちらにしろ。ここに来るのはこれで最後にするつもりだったから」
「そうか、じゃあこれでお別れだね」
「そうね」
まだ濡れたままの目でこう言った。
「これで。永遠にさようならね」
「ああ」
俺は彼女のその言葉に頷いた。その時後ろから電車が来た。
「これで。何もかもね」
「そうね。夏ももう」
電車は俺達の横で止まった。扉が左右にゆっくりと開く。
「これに。乗るんだよね」
「そうよ」
彼女は電車に足を向けた。静かに片足をそこに踏み入れた。踏み入れたところで俺に顔を向けてきた。ゆっくりと声をかけてきた。
「さようなら」
「さようなら」
俺もそれに応えて挨拶をした。
「ずっとな」
「ええ、ずっと」
俺達は最後に見詰め合った。出発を知らせるベルが鳴った。彼女はその中に入った。
扉がゆっくりと閉まった。そして海から離れはじめる。俺はその電車をゆっくりと眺めていた。
もう終わったと思った。この電車が消えれば俺の恋も青春も全部終わりだ。本当に一夏限りの夢だった。そうなる筈だった。彼女が出て来るまでは。
彼女が出て来た。窓から顔を出して。白いハンカチで俺に別れの手を振っていた。
「あいつ・・・・・・」
不意に俺の方が泣き出してしまった。泣かずにはいられなかった。俺は泣きながら彼女に手を振った。最後の別れの為に。
そのままお互い手を振り合った。電車が消えるまで。消えてからも俺は暫く手を振っていた。
振り終わった時俺はわかった。もうこの恋も青春も一夏限りの夢じゃなくなったことに。
俺の一生の思い出になった。辛いけれど、心地良い思い出に。俺みたいな奴でも恋や青春を味わうことが出来た。たった一人の女の人を心から愛せた。それをはじめて知った。愛と哀しみをそこに一緒に含んで。今そのラストショーが終わった。電車は消えた。そして彼女も。けれどそのラストショーは俺の心の中に永遠に残る。甘さと辛さを一緒くたにして。
愛と哀しみのラストショー 完
2006・3・16
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