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愛と哀しみのラストショー
第二章
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ここでゆっくりとしたいから。少しずつ思い出していくわ」
「それがいいだろうな」
 俺はここでボートの縁に刻まれた傷に目がいった。
「おや」
「どうしたの?」
 それに彼女も顔を向けてきた。
「いや、これな」
 俺はその傷を指し示して言った。
「どっかの馬鹿が付けた傷だよ」
「傷?」
「ああ。何か書いてあるな」
 俺は漕ぐのを止めて縁を見てみた。そこにはまた臭い文字が書かれていた。
「俺達はずっと一緒だってさ」
 俺は読みながら思わず笑ってしまった。
「また臭い言葉だよな」
「ずっと一緒って」
「どうせどっかの馬鹿が得意になって刻み込んだんだろうさ。彼女と一緒にいて」
「彼女と」
「ここじゃよくあることなんだよ」
 俺は説明した。ここは避暑地だから夏のちょっとした遊びに来るカップルも多い。それでこうした馬鹿なことをする奴もいる。それがこれだった。
「よくあることなんだ」
 俺はまた言った。
「俺達地元の人間にとっちゃ迷惑だけれどね」
「そうなの」
「ああ。まあ慣れたけれどね」
 それは本当だった。俺も子供の頃からこんな落書きとかを一杯見てきた。慣れるのも当然だった。
「けれど。何か」
「何だい?」
 俺は彼女に尋ねた。
「地元の人の前でこんなこと言っていいかどうかわからないけれど」
「ああ」
「悪い気はしないわ。見ていて」
「俺も慣れてるけれどね」
 また言った。
「けれどな。何か」
 それでも俺は言いそうだった。けれどそれは途中で止めた。
「いや、いいや」
 急に言いたくなくなった。
「どうでもな」
「そうなの」
「まあこんな馬鹿な落書きなんて忘れてこの湖を見ていこうよ」
 俺はこう提案した。
「そっちの方がいいしさ」
「ええ」
 けれどその落書きのことは頭に残った。そして俺達のことにそれを自然と重ね合わせた。
 それが凄く自然に思えた。不自然な筈なのに。俺は段々それがわからなくなってきていた。けれど悪い気はやっぱりしなかった。もやもやとした気持ちが自然にすっきりとして穏やかで、それなのに温かい気持ちになっていくのがわかった。それが本当に自然だった。


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