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愛と哀しみのラストショー
第一章
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何かぼんやりとした気持ちでどうにもいたたまれなかったからだ。
 俺はそうした時や落ち込んだ時よく湖の方へ行った。そこへ行くと何か落ち着くのだ。そして落ち込んだ気持ちも幾分ましになるからだ。
 この時もそうだった。頭の中があの女のことで一杯でどうにもならない。そんな頭の中をましにしたかったのだ。俺は自転車で湖まで行った。
 そこは周りが森に包まれた静かな場所だ。岸辺には草が生い茂りボートも置かれている。ここでもとびきりのいい場所だ。観光客も殆ど来ない。だから俺は何かあったらいつもここに来る。誰にも邪魔されたくはなかったからだ。
 自転車から降りた。鍵だけ抜いてふらりと湖の方へ行く。岸の方へ行こうと思った。あそこが一番好きだからだ。
 まだ日差しも強くなかった。朝の露が草に残ってきらきらと輝いていた。蜘蛛の巣の糸も露で銀色に光ってこの時ばかりは綺麗だ。森からは虫の鳴き声が静かに聴こえてくる。俺はその声を聴きながら岸に向かって歩いていく。ボート乗り場のところまで行った。
 するとそこにあいつがいた。最初に会った時と同じ白いワンピースに白い幅の広い帽子を被っていた。俺に背を向けて湖の方を見ていた。髪が風に微かに揺れ動いていた。
「またあいつか」
 俺はそれを見て心の中で呟いた。
「これって何かの縁なのかな」
 そう思わざるを得なかった。これで会ったのは三度目だからだ。
 そして俺の心の中のもやもやとしたものはまた大きくなった。ここに来ればそれが晴れると思ったのにとんだ見当違いだった。けれど同時にどういうわけか笑いたくなるものがあった。
「なあ」
 俺は声をかけた。
「どうしたんだい、こんなところで」 
 あいつはそれに釣られて顔を俺の方に向けてきた。あの黒くて大きな目で俺を見ていた。
「こんな人気のない場所で」
「ちょっとね」
 あいつは俺の言葉に応えてうっすらと笑った。
「久し振りにここに来たから」
「久し振り?」
 俺はその言葉にふと興味を覚えた。
「前にもここに来たことがあったのかい?」
「ええ、子供の頃に」
 あいつは湖の方へ顔を戻して俺に言った。
「もう。殆ど覚えていないけれど」
「そうだったのか」
 旅行か避暑で来たのだろうと思った。ここに来る奴は皆そうだからだ。
「で、覚えている限りじゃどうなんだい?」
 俺は尋ねた。
「変わったかい?」
「いえ、全然」
 首を横に振ってそれを否定した。
「子供の頃だったから殆ど覚えていないけれど」
 そう断ったうえで言う。
「覚えているのと全然変わらないわ」
「まあそうだろうな」
 俺はその言葉に頷いた。
「ここはな。昔から全然変わっちゃいねえよ」
「そうなの」
「ペンションがあって喫茶店があって」
 俺は言った。
「海があって。そし
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