三幕 惜別のベアウルフ
2幕
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マルシアがフェイに気づいて顔を上げた。
「わたしのこと――分かり、ますか?」
マルシアはきょとんとフェイを見上げて困惑していたが、やがてはっとしたように前のめりになった。
「あなた、もしかして……ヘリオボーグから出られたと聞いてはいたけれど」
「出た。今はただのフェイ。フェイ・メア・オベローン」
「分かったわ……それが今のあなたの名前なのね」
フェイはマルシアの横にぺたんと両膝を突いた。長すぎる白髪が通路に散らばる。
「こうしてちゃんと会うのは初めてね」
「うん。おばちゃんの顔、ちゃんと見たの、ハジメテ」
マルシアは眦を緩めて、フェイの前髪を耳にかけた。半分だけフェイの顔が露わになる。
「その制服は国立の女学院のものね。学校にもちゃんと通えてるみたいでよかった」
「うん。ハジメテのガッコー。オンナノコしかいない」
「友達はできた?」
「できてない」
「そう……大丈夫よ。あなたはいい子だから、すぐにたくさんお友達ができるわ」
「うん」
―― 一連の光景に、ルドガーたちはただただ呆けるしかなかった。
「まさかフェイさんがエレンピオスの首相と知り合いとは。あの様子だと長いお付き合いのようですね」
『首相さんのこと、オバチャンって呼んでた』「意外なようでしっくり来ます」
ルドガーたちが小声で話し合っていると、フェイは唐突に立ち上がった。聞かれたのかと一同は肩を跳ねさせたが、フェイは正面の座席に座っていたらしい猫に、手を伸ばしただけだった。
「ソウちゃんっていうの。私のお友達よ」
「はじめまして。ソウ。わたしはフェイ」
フェイの手がソウに触れる――寸で、ソウはテーブルから飛び降りた。
「あ」
ソウはルドガーたちのほうへ小走りで来て、彼らの隙間を抜ける。
その交差の一瞬。ルドガーはソウから発せられる黒煙を目撃した。
猫はちら、とルドガーを見上げてから、車両を悠然と出て行った。
「ルドガー、今のって」
「ああ。あの猫が歪みの元みたいだ」
経験上、あの猫のような存在を撃破すると、世界が元に戻る。
ルドガーは追いかけようと踏み出しかけて、はっとフェイをふり返る。相変わらず長い白毛で顔は見えないが、片方露わになった赤い眼は孤独なウサギのようにこちらを向いている。
ルドガーは早歩きでフェイの前へ行った。
「フェイ。俺たち、用が出来たから向こうへ行くけど、フェイはどうする? ここで待つか?」
フェイはマルシアをじっと見下ろし、ルドガーをじっと見上げ、ルドガーのシャツの袖を指先で握った。
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