そして彼女の道行きは
後輩、晴れない心
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声を掛ける。
人と久々に会話したと、内心で思いながら話に耳を傾ける。
「なんでも、貨物車が信号無視をした際に、横断歩道を渡っていた女の子がいたんだ。危うく轢かれそうになった所を後ろから来た少年が身を挺して庇ったんだよ」
そう聞いた瞬間。心臓を掴まれた様に、激しい動悸が私を襲う。
―――……事故…少女…庇って…
雑音混じりに、頭の中に声が反響する。
まただ。あの言い知れぬ、底知れない気持ち悪い感覚が私の身を襲う。
―――思い出してはならない。
そう私の心が悲鳴を上げる。ここから先は開けてはいけないパンドラ箱であると。
けど、思い出さなければならない。不思議とそう思った。それが私の義務であると。
この私の心を支配する、虚無感と空虚感。失われたそれらを、埋める為に。
だから私は、パンドラの箱という名の“記憶”の扉を叩く事に決めた。
5
「……お譲ちゃん、泣いてるのかい?」
そう言われて、私の意識が現実に引き戻されて来た。
そうして、何時の間にか頬を伝っていた一筋の涙を拭う。
「…いいえ、何でもないです。大丈夫ですので」
そう頭を振って告げる。
そうして私は一礼して、足早にその場を離れる。
その横顔はまるで長年の憑き物を払拭したかの様に、すっきりとしていた。
しかし、それとは裏腹にその横顔は寂しげな色を帯びていた。
6
真っ直ぐ大学に向かうなり、真綾は本棟を迂回して、サークル棟を歩いていた。
目指す場所は私の…いえ、“私達”のサークルの一室。
「……このカップ」
扉を開くと、昨日そのままにして行った紅茶のカップが置いてあった。
目に映ったカップにそっと、手を伸ばす。
忘れてはいたが、これは“□■”先輩が、私に似合うからと誕生日にプレゼントしてくれた物だ。
先輩はこの部室から見る朝日や夕焼け空が好きであった。今は残念ながら曇り空しか見えない。
「…思い出しましたよ、“霧嗣”先輩」
暮桜霧嗣先輩。私が好きになった人の名前だ。何故忘れていたのだろうか、先輩の事を…。
自然と心を安堵感が包む、だけど…。
真実を知ったにも関わらず、私の心は晴れる事はなかった。
人々にとって真実とは、望まれぬモノが常であると誰かが言っていた。
だけど、それよりも私は先輩の事を忘れてしまっていた事の方が嫌だった。
たとえ、それが望まれぬ結果だとしてもだ。
私は部室で一人、先輩を想い、涙を流した。
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