第1部:学祭前
第5話『迷走』
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が、やがて、
「ご、ごめんなさい! …ごめんなさい…作り直すわ」
あわてて台所へ戻る。
「どうしちゃったのかしら、憂…いつもはこんな失敗しないのに」
不思議がる母の隣で、唯は憂を見つめて、言った。
「そう言えば憂、少し痩せたね…」
ふと、憂のポケットから、小さな紙切れがはらりと落ちる。
唯はさっと拾って、中身を見て思わず…
息をのんだ。
そこには
『伊藤死ね伊藤死ね伊藤死ね』
と、百辺ほど繰り返し書かれていた。
無数の白い電燈が、ぼんやりと道を照らし、そこに秋雨が入りこんでいる。
その横にある、年季の入った安アパート。
そこが世界の家である。
ぼんやりした思いを抱えつつ、誠はその前に来ていた。
「伊藤、何しに来た?」
七海が、アパートの前にいる。刹那もいる。
「何って、世界のお見舞いだよ」
「いまさら謝っても、許してくれないとは思うけどな」
「…わかってるよ…」
ゆっくりとアパートに入る。
整理されている世界の家。彼女の部屋は玄関からすぐ右手。
ノックをし、
「誠だ。あけてくれ」
「帰ってよ…」
「分かってる…昨日は俺が悪かった。世界の言葉に、つい腹を立ててしまって」
「もういいよ…ホント、帰ってってば…あの、ホント、桂さんのところにでも、平沢さんのところにでも、好きなところ行きなよ…」
「行けないよ…。俺は、世界が好きだから…」
入れないのは理解していた。
ドア越しに会話を続ける。
「ただ…、」誠は、少し黙ってから、口を開いた。「俺にも、ずっと忘れられない気持ちがあるんだ。消したいとは思ってるんだよ…。その気持ち、わかってくれないか?」
「…わからないよ…」
「忘れたいとは思ってる。でも、忘れられない…」本当は忘れたくない。忘れるべきことなのに。「世界だけを見ていたいとは、思っているけど…」
「……」
あんなことをして、許してもらえないとは、分かっていた。でも、世界が一番好き、なはず。けれども、言葉や唯のことも、忘れられない。
「手土産、おいていくよ。ババロア。お前の好物なんだろ。世界の母さんと一緒に食べてくれ」
手に提げてきた、おしゃれな黄色い鞄を一つおいて、誠は家を後にした。
世界は部屋を出て、玄関を見てみた。
そこには、誠が置いて行ったババロアの折詰がある。
帰りにデパートで買ってきたものと思われる。包装を破り、一つ食べてみた。
「…おいしい…」
それでも、誠の手作りのババロアには、劣る気がした。
雨の中を去っていく誠を見ながら、刹那は呟くように言った。
「七海」
「ん?」
刹那は、頭を少し下げて答える。
「私たちが桂さんや、平沢さんをマークするようになってから、伊藤、結構暗くなってる
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