第百四十四話 久政の顔その十
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「兄上のあのお言葉はな」
「はい、兄上は冗談はお好きですが」
「決してじゃな」
「嘘を申される方ではありません」
妹だからこそ言えることだった。
「何があろうとも」
「そうじゃな、では」
「おそらく義父上は」
「うむ、亡くなられた」
間違いなくだ、そうなったというのだ。
「見事なお最期だったという」
「そしてですね」
「わしに。浅井に滅びてはならぬと仰ったか」
「兄上は常に殿も浅井家もお助けしようとされていましたが」
「父上もそう仰ったか」
このことについてだ、長政は今考えるのだった。
「左様か」
「どうされますか」
市はここで長政の顔を見て問うた。
「殿は」
「わしは一度父上に対して不孝をした」
無理に隠居させた時だ、あの時は仕方なかったとはいえそのことがいつも彼にとって心の重荷となっていたのだ。
それが為に織田家との戦も父が言うのなら逆らうことは出来なかった、そして一旦刀を抜いたなら最後まで戦うつもりだった。
だがその父が死ぬなと言った、それならば。
「ではこの度は」
「死ぬなと言われ死ぬのは不孝ですね」
「うむ」
その通りだった、このことは。
「左様じゃ」
「ではここはです」
「生きるべきか」
「そう思います」
市はこう長政に告げた、己の考えを。
「さすれば浅井家の方々もです」
「無事にじゃな」
「生き残ります、ですから」
「そうじゃな、わし一人ではない」
浅井家の多くの者達の命もかかっている、それならだった。
長政も迷わなかった、それでだった。
彼は顔を上げてだ、市に告げた。
「ではじゃ」
「はい、それでは」
「降る」
返答は一言だった。
「織田家に降る、そうするとしよう」
「わかりました」
こうしてだった、長政は父の言葉に従い織田家に降ることにした。すぐに降伏の使者が織田家に送られ信長も快く認めた。長政も浅井の者達も武器を捨てて本丸を後にした。こうして織田家と浅井家の戦も終わった。
戦が終わるとと信長はすぐに長政と浅井の主な家臣達と会った、場所は虎御前山の織田家の本陣である。
織田家及び徳川家の諸将も揃っている、信長はその場で己の前に頭を下げて控える長政をはじめとして浅井の者達にまずはこう言った。
「よい、顔をあげよ」
「はい」
「御主達の命は取らぬ」
それはだ、決してだというのだ。
「それはせぬ、浅井家も滅ぼさぬ」
「ですがそれでは」
「猿夜叉、罪を感じるなら生きよ」
信長もだ、長政にこう言うのだった。
「そしてじゃ」
「これからはですか」
「わしのところに戻れ」
こう長政に告げたのである。
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