第六章
[8]前話
「僕はそうなんです」
「そうか、それがお兄さんの蕎麦か」
「だからあんなに美味いんだな」
「技で打っているから」
「それでか」
「僕も力でなく」
反省も感じてだ、彼は言った。
「技で打っていく様に頑張ります」
「いい加減にそうなれ」
祥行が打ちながら弟に告げた。
「御前もな、何時までも力に頼るな」
「わかってるんだけれどね」
「そうだ、わかったらな」
それならというのだ。
「技も身に着けろ」
「勉強していくよ」
義国はその巨大な身体を縮こまらせて兄に応えた、そしてだった。
閉店時間になったので店を出た、そうして。
奈良に向かう電車の中でだ、自分の客達に話した。夜の電車は家に帰る会社員達が座っている。顔が赤くなっている人もいれば本を読んでいる人もいる。
その電車の中でだ、こう話すのだった。
「どうですか、お兄ちゃんの蕎麦は」
「ううん、技か」
「技打つ蕎麦か」
「技で打つ蕎麦があんなに美味いなんてな」
「正直驚いたよ」
こう言うのだった、そしてだった。
彼自身もだ、こう言うのだった。
「僕は本当にまだまだなんですよ」
「技で打ってないっていうんだな」
「そうなんだな」
「そうです、技じゃないんですよ」
彼の蕎麦打ちはというのだ。
「全然」
「いや、親父さんの話を聞いただけではまさかと思ったけれど」
「本当に食べてみると違うな」
「親父さんには悪いけれどな」
「お兄さんのは別格だよ」
「自分でもわかっています、ですから」
だからだとだ、義国は微笑みながらもその中に確かなものも宿らせてそのうえでこう言った。
「僕は絶対に」
「お兄さんみたいな蕎麦を打つんだね」
「そうなるんだね」
「それを目指しています」
そして必ずだというのだ。
「お兄ちゃんを超えたいです」
「そうか、それじゃあな」
「応援するよ、俺達は」
客達は笑顔で彼の言葉に応えた、そしてだった。
義国にだ、こうも言ったのだった。
「じゃあ明日からも親父さんの店に行くからな」
「それでその味の発展を確かめさせてもらうからな」
「楽しくな」
「はい、御願いします」
義国も彼等の心を受けて笑顔で応えた。
「それじゃあこれからも」
「技、磨いてくれよ」
「蕎麦打ちのな」
こう言って義国のその巨大な背中を心で押したのだった。技とそれを目指す志を見たからこそ。
蕎麦兄弟 完
2013・6・21
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