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神葬世界×ゴスペル・デイ
第一物語・後半-日来独立編-
第五十六章 解放《1》
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 解放場に辿り着いたセーラン君。
 だが戦いは続く。
 早々第一物語は終わりませんよ。
 今更ながら、解放場のイメージとしては『一段高い円形の舞台』です。
 幾つか型があり、今回のように人を解放するためのものや、魔物を解放するものなどがあります。
 大きさも様々で、基本カラーは白でいこうかなと。
 汚れ目立ちますね。
 解放が始まった場合、解放対象を逃さないための結界が張られます。
 この結界は非常に頑丈で、人類史上これを破った者はいない程。
 よく造れたものだと感心するばかりです。
 元々解放場は神人族を裁くために造られました。
 この物語内では神人族は神に非常に近い存在として人類全体に認知されており、神は人の手で裁いてはならない。ゆえに解放場が造られるまでは、神人族が罪を犯しても無罪として扱われていました。
 幾らなんでもそれは理不尽ではないかと、思う人々が造ったのがこの解放場。
 裁くのではなく、この世から解き放つという手段ならば神人族であろうが少しは平等に罪を負わせることが出来ると、そう思って造られたのです。
 解き放つ行為も裁きと同一視する意見もありましたが、ならば生き続けさせるという行為は裁きではないのかということになります。
 産まれたのだから生きるのは当たり前、という考えは、傍から見ればただの決め付けでしかありません。
 証明されれば違うのでしょうが、道徳的考えに縛られていては生きるということは肯定的に捉えてしまいます。
 当時のお偉いさん達からしてみれば、確かに神人族というだけで好き勝手しているのは気に食わないという私情を混ぜつつも、多くの人々の意見によって神人族の裁きを『解放』のみとする条件付きで認めました。
 賛否両論ありますが、裁きを『解放』一択にすることで、神人族が罪を負った場合の解決方法は『解放』のみ。
 結果、罪を負う=死、ということになったのです。
 そうなった途端、嘘のように神人族は大人しくなったりと嵐のように大変な時期がありました。
 決して間違った考えで造られた解放場ではありませんが、使い方を誤れば処刑兵器となんら変わりません。
 優秀なもの程、そうなってほしくないものですが。
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