第一部
第一章 純粋すぎるのもまた罪。
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識を取り戻していたらしいテンテンがユヅルを抱きかかえながら「重傷よ」と静かに言った。
ユヅルの赤い目は既に焦点が合っていない。口元は赤く汚れ、白い衣服にも真っ赤な花が二輪も咲いている。本当に息をしているのか疑って耳を寄せてみたら、ごく小さく息が聞えた。胸も僅かにだが上下している。虫の息というのはこういうことなのだろうと思って、不覚にも泣きそうになった。
「……おと……さ、……」
こんな時にもなって呼んでいるのは自分を疫病神と詰った父なのかと、無性に悲しくなる。虫の息にもなって思い浮かぶのはどこで死んでいようと構わないと吐き捨てた父親なのか。
もし自分が死にそうになったら何を思い浮かべるのだろうか。いもしない家族ではあるまい。ならばこの仲間たちか。それとも、それとも自分は死ぬ前でもずっと食べ物のことを考えているのだろうか? ――それでもいいのかもしれない、自分は狐者異なのだから。
「おいユヅル、しっかりしろよ……っお前まで死んじゃったらヤバネはどーすんだよっ!」
疫病神と詰られても構わないなんて思わないでほしい。
どこで死んでてもいいって言われても、泣くのを堪えて頷いたりしないでほしい。
「起きろユヅル! おい!」
「っ、落ち着けマナ!」
マナの腕を掴んだのははじめだった。
「今すべきことは早くユヅルを病院へ連れて行くことであって、ユヅルを揺さぶって泣き叫ぶことではない」
冷静なはじめの言っていることは正論だ。けれど心の揺れは中々収まらない。ぺろりと膝小僧を紅丸に撫でられて、マナは紅丸の白い毛に顔を埋めた。ハッカがユヅルを抱え上げる。ガイが足を負傷したリーを担ぎ上げた。ハッカは咳きこむネジを担ごうとしたが、彼が全力で拒否した為にそれはやめてユヅルを抱えて光のようなスピードで森を駆け抜けていった。
「ネジ、あまり無理はするなよ」
そう言い置いてガイも駆け去ってゆく。はじめ、マナにネジ及びテンテンと紅丸の四人と一匹は顔を見合わせ、終末の谷を後にした。
+
「……ネジ先輩、すみませんでした」
はじめが僅かに頭を下げると、当たり前だ、とネジは顔を顰めた。マナもテンテンに詫びると、いいのよあんなこと、と苦笑気味に彼女が言う。
暫くの間、沈黙が続いた。地に落ちた木の葉を踏みしめる音とネジの咳きだけが森の中でやけに大きく響く。
「俺の父がな、」
不意に発された、喉に絡まる痰で濁ったネジの声に思わずぎょっとした。時折咳きを交えながら、彼は語りだす。紫がかった白い瞳はどこか遠くを――いや、何か見えないモノを見ているように見えた。
「げほ、……家族に、ごほっ、礼を言いたいという、げほっ、温い情でもゆ、げほっごほ、うれいになることが、ある、と」
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