第1部:学祭前
第3話『前兆』
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力しないといけないし、ちょっと腹立ちますよねえ」
「そうですねえ」
携帯の赤外線受信部を近づけると、簡単にデータの送受信ができた。
「じゃ、これからもよろしく!」
「待っていてくださいね。学祭の日はベストな曲を聞かせますから!」
そう言って思わず唯は、手を振った。
誠も手を振って返しながら、改札口を通って行った。
弾む気持ちで唯が踵を返すと、目の前に澪がいる。
思わずぽんと顔が赤くなる唯。
「み、澪ちゃん……見てたの……?」
澪は思案顔のまま、表情を変えず、
「なるほど、まさか唯、彼氏を作ってたなんて」
「い、いや、そういうのじゃないよ……」
うつむいたまま、唯は答えた。
「唯も隅におけないな。あの人に気に入られたくて、練習を張りきってたというわけか。
あの男、以前梓が言っていた人なのか? 彼女のいる、あいつ?」
「ち、違うよ……」
思わず唯は、目を外した。
「だったら、いいけど。考えてみれば、唯もそんな年か」
澪は半信半疑の表情だったが、これ以上問い詰めるのをやめてくれた。
「それにしても唯、いい顔で笑ってたね」
「え、そう……?」
「うん。私たちとしゃべっている時にも、あんな笑顔しないよ」
自分でも気づいてなかった。
誠と話している時、今までなかった朗らかな笑顔をしていたことに。
「ひょっとしたらあなたたち、似合うのかもしれないね……」
頬笑みを浮かべながら、澪は言った。
うつむいていた唯の頬が、ゆるんだ。
似合う、かあ……。
電車の車窓から、赤々とした紅葉と、黄色い銀杏の並木が見える。
音楽を聴きながら席に座り、唯の屈託ない笑顔を、ぼんやりと誠は思い浮かべていた。
肌のぬくもりや、感触よりも印象深い。
あのいい笑顔。
そして、赤子にも似たきれいな目。
あれを見ていると、癒される。
二股をかけているという罪意識を、一瞬だけ忘れることができる。それに甘えてしまっている、自分も情けないといえば情けないが。
こんな自分に、どうして懐いてくれるんだろう。
でも、そばにいてほしい。
という思いがまた、頭をよぎったとき。
「伊藤!」
強い声で、我に返る。
甘露寺七海が、前に来ていた。
自分より大柄な彼女が、強い剣幕で睨んでいる。
「ああ、びっくりした……甘露寺か」
「びっくりしたじゃねえよ! どういうことだ? 世界がいながら、桜ケ丘の女の子と付き合ってるってのは!!」
「お、おいおい……付き合ってるって、そういうわけじゃ」
「しらばっくれんじゃねえよ!」七海が詰め寄る。「現に駅前の喫茶店で、一緒に食事してたじゃねえか!」
やっぱり見られていたか。
「い、いやねえ……。コンビニでよく見かける子な
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