第百四十三話 一乗谷攻めその九
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「どうもそれでな」
「それで、ですか」
「うむ、結局宗滴殿とは戦の場でも話をしなかった」
目も合わせはしなかった、直接戦った時もそうだったというのだ。
「しかしそれがな」
「よかったのですか」
「そうやも知れぬ、それに話さずともじゃ」
それでもだったというのだ、信長と宗滴は。
「わしは宗滴殿のことがわかっていたしな」
「そして宗滴殿もですか」
「うむ、お互いにな」
そうだったというのだ。
「話す必要もなかったわ、しかしじゃ」
「しかしとは」
「猿夜叉とは違う」
ここで長政の名前も出した。
「あの者とはな」
「お話をされますか」
「互いにわかっておるつもりじゃ、しかしじゃ」
「長政様はあえて話をすべき方ですな」
「宗滴殿とはそこが違う」
信長は宗滴と長政の違いもよくわかっていた、信長と長政もまたお互いをよくわかっている、だが彼等の間ではというのだ。
「あ奴とはじっくりとな」
「話すべきですか」
「そうじゃ」
まさにその通りだというのだ
「じっくりとな」
「確かに、あの方の場合は」
「言葉に出させなばらぬ者じゃ」
それが何故かもだ、信長は言った。
「宗滴殿は出す前から言葉を心に刻まれておるが」
「長政様はあえてですな」
「そうじゃ、あ奴は自分で刻む者じゃ」
それが長政だというのだ。
「言葉を出し、そして聞いてな」
「そうした方だからこそ」
「話すべきじゃ」
長政とは、というのだ。
「そして何としてもな」
「猿夜叉殿をですな」
「死なせはせぬ」
例え今は敵同士でもそれでもだというのだ。
「何があろうともな」
「わかりました、それでは」
蒲生はここまで聞いてからだった、こう信長に言った。
「それがしに一つ考えがあります」
「小谷攻めのことか」
「長政様のおられる本丸等はまず攻めずに」
そうしてだというのだ。
「最初はです」
「久政殿を攻めるか」
「はい、どうもこの度の戦はあの方が言われた様なので」
「猿夜叉がわしを裏切る筈がないというのじゃ」
「それは殿もそう思われているのでは」
「あ奴は人を裏切る者ではない」
信長ははっきりと言い切った、蒲生が見ている通りだった。
「竹千代とあ奴の律儀は天下一品じゃ」
「ですからとても」
「ましてあ奴の目も見た」
姉川においてだ、信長はあの戦の時に彼のその目も見ていたのだ。
「あれは何も変わっておらぬ、真っ直ぐで澄んだ目じゃ」
「そうした方ですから」
「裏切る筈がない、あ奴はな」
「となればです」
「久政殿しかおらぬな」
「浅井家は二人の主がいます」
このことが浅井家にとって最も厄介なことなのだ、長政が父である久政を無理に隠居させてからは暫くは何もなかったが。
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