第5章 契約
第76話 名付けざられしもの
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ないかのように更に続ける。
「色々な呼び名で呼ばれたけどね。門にして鍵。全にして一、一にして全なる者。原初の言葉の外的表れ。混沌の媒介なんていうのもあったかな」
本当に普通の名前を名乗るような気楽な口調で、非常に危険な異名を口にして行く青年。
そう、これは異名。この目の前の目立たない……。一般人に紛れて仕舞えば特定する事すら困難と成る、目立った特徴を持たない青年を表現するには非常に不釣合いな名前。
ただ……。
「それで、そのナナシさん……。それとも、ウェイトリィ家の双子の片割れは、こんなトコロで一体何をやっていたのですか。どう考えても、ここは真っ当な人間が居るべき場所でも、居るべき時間でもないと思うんですけどね」
かなりの緊張を伴いながらも、時間稼ぎを行うようにそう問い掛ける俺。それに、現在の状況を判断するには、今のトコロ情報が不足し過ぎて居ます。
実際、ここに近付くに従って聞こえて来ていた風の音が、風の邪神を讃える歌に変化していたのは事実ですが、今は何も聞こえて来ては居ません。
しかし、召喚の呪文が唱え終わって居たにしては、周囲の雰囲気は……。邪神、それも、今まで顕現して来た連中の中でもトップの風の邪神が顕現するような異界化現象は今のトコロ起きては居ません。
確かに、この目の前の青年が自らの事を名付けられていない存在だとは名乗りましたが、その後に語った異名に付いては、そいつとは別の神性の異名。一説には、その風の邪神の父親に当たる存在の方だと思うのですが……。
もっとも、あの神族に関しては謎とされる部分が多く、更にその神たちにしても、真面な知性が存在しているのは這い寄る混沌のみだと言う話も有る訳ですから、異名だけで、この目の前の青年の正体を決めつける事は出来ませんが。
「知って居るか、忍。ここいら辺りは、火竜山脈から蒸発する水蒸気の影響で蒼穹の星々が歪んで見える事が有るって事を」
蒼穹が歪んで見える?
そのナナシの青年の一言に、少しの驚きを持って蒼穹を見上げる俺。但し、見上げたからと言って、俺には現在、俺の頭上で輝いている星々や玲瓏たる蒼き月の位置が正しい位置に存在して居るのか、それとも大気中の余計な水分に因って歪んで見えて居るのかの判断を下せるだけの知識は持って居なかったのですが。
ただ、確かに天文観測のレベルでは大気や湿度の影響で星の位置がずれて見えたり、普段よりも瞬いて見えたりする事が有るのは事実です。
故に、研究機関の天体望遠鏡は、大気が安定している空気の層が薄い山頂に置かれて居たり、大気の影響が一切存在しない宇宙望遠鏡を使用したりするのですが……。
但し……。
但しこの時の俺は、科学とは無縁の神話的な内容の方に対して、恐怖を全身に感じ始めていました
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