1年目
冬
冬@〜恩と音〜
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し、あたしは明るかった部屋の電気を消し、再びほの暗い廊下へと足を踏み出した。
リビングに入ると最近白髪も増えてきた親父の頭が見えた。その隣にはお袋の姿もある。病院で何か良くないことでもあったのだろうか。そんなことを考えながらあたしは二人に向かい合うように座った。親父に目を向けると、“への字口”した頑固そうな顔がいつもより厳しく思えた。
「愛華、お前今日帰るの遅かったそうじゃないか。どこに行ってたんだ?」
その言葉にドキッとする。
「き、今日は、バイトだったんだよ。ほら、駅前の…」
そこまで言った途端、親父があたしの言葉を遮るように口を開いた。
「嘘をつくな。お前、ボイストレーニングの教室に通ってたそうだな?」
あたしの目の前は一気に暗転した。
教室に通っていることは誰にも言ってない。いつも相談に乗ってくれるお袋にも、家政婦の高尾さんにも、それどころか学校の友達にすらしゃべったことはない。でもその時一人の名前が頭に浮かんだ。
―――拓海
以前あいつにはボイストレーニング教室に行っていることをうっかり喋ってしまっていた。
うっかり者のあいつだ……。どこかで口を滑らせて親父の耳に入ったのかも知れない。
裏切られたかもしれない、という気持ちが渦巻き、話し続ける親父の言葉はあたしの耳には届いていなかった。
そんな思いから唇を強く噛みしめると少しだけ血の味がした。
「実はな、夜勤で入った看護士が、ボイストレーニング教室から出てくるお前の姿を見たと言っていたんだ」
やっとあたしの耳に届いた親父の言葉に我に返った。
……あいつがそんなことするわけがないよな。
小さなころから拓海はあたしに何かあるとすぐ駆けつけ、守ってくれた。
そんな存在を疑ってしまったことが悔しくて仕方がなかった。
「大学を出たらうちを継ぐと言ったのはお前だろう。だから今やっているバンドのことも学生の趣味の範囲ならば、と許してやっていた。だが、私たちに黙ってまで他のことに現を抜かしているとなれば話が違う。お前があの時言った言葉は嘘だったのか?」
親父の声に俯いたまま、あたしはしばらく何も言えられないでいた。それからどうにか口を開くと“嘘じゃないです”と一言振り絞って答えた。
「ならば、教室もバンドもやめてしまいなさい。今は学生にとって、いや、医者になるものにとって大事な時期だ。今、何をすべきなのかしっかり考えなさい。」
反論してしまおうか。
そんなことを考えたがあたしにはそこまで言う力は残っていなかった。
はい、とだけ答えるとあたしはソファーから立ちあがりふらふらとリビングを出た。
後ろからは、そこまで言わなくても、とお袋の心配した声が上がっていたのだが、その声も、自分でドアを閉める音に
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