第一章その七
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第一章その七
「まず喉をやるか」
「さっきの村でのやり方と一緒だな」
それを見た本郷と役が呻く様に言った。
両手はあちこち食い千切られている。牙の痕が実に酷い。両耳も左目も無かった。
「おそらく・・・」
検死官の一人が俯いて言った。残された右目が空虚に天井を見つめているだけである。
下半身はやはり陵辱されていた。ジーンズが剥がれ白濁した液が飛び散っている。
「こんな時でも・・・この野獣は相当な外道だな」
本郷の瞳に憤怒の炎が宿った。
「しかしどうやってこの部屋に入ったのだろう?まさか少女が来る前からこの部屋に忍び込んでいたわけではないだろうに」
「あれです」
一人の制服の警官がある方向を指差した。窓がこじ開けられていた。
「成程」
「しかしまだ日があるというのに親もいる家に入って来るとはな。いかれたストーカーでもしないぜ」
窓に近付きその周りを見渡しつつ本郷が言った。
「あと少女の遺体の上にこの様な物が置かれていました」
検死官が白い手袋で白布を下に敷いたある物を差し出した。
「これは・・・」
昨日の朝本郷が民家の屋根の上から逃げようとした野獣らしきものにに投げ付けたナイフだった。
「・・・俺達への当てつけか」
「宣戦布告というわけだな」
ナイフを前に二人は忌々し気に呟いた。
その日は泊り込みで事件の捜査に当たった。人も獣も寝静まる時になりようやく一息つけるようになった。
二人は民家を出た。そして村の外れまで休憩を取りに向かった。
「ちょっと失礼」
「いいよ」
本郷は役に断りを入れると懐から何か取り出した。煙草だった。
煙草を口にするとズボンのポケットからライターを出す。日本で売られているありたきりの百円ライターだった。
火を点けるとおもむろに吸い込む。そして口から外すと煙を吐き出した。白い煙が夜の闇の中に漂う。
「こうして煙草を吸うのも久し振りですね。ここんとこそれどころじゃなかったですから」
「そうだな。あの野獣のことで頭が一杯だったしね」
「煙草を吸うと気が休まりますね。あ、役さんは吸わないんでしたよね」
「うん。好きじゃない」
左手でやんわりと拒否の姿勢を示している。
「まあ強制はしませんよ。人にはそれぞれ気の落ち着かせ方がありますから。けれど」
本郷の視線がふと止まった。
「けれど?」
「落ち着くと色んなものが見えますね。フランスの夜も日本の夜と同じ位いいですね」
「そうだろう。私はこの夜が気に入っているんだ」
役はふっと笑った。彼が笑うだけのことはあった。
限りなく黒に近い、それでも黒ではない紫の帳が天空を覆っている。その中央には白銀の優しい光を放つ三日月が浮かんでいる。
あらゆる生物がその動きを止め眠りに入っている
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