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魔狼の咆哮
第二章その九
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書かれている。欧州ではよくあることだ。婚姻政策や縁組は欧州外交の根幹の一つでもある。特にハプスブルグ家は有名である。
「この婦人方ではありません。この方です」
 その端に書かれているのは男の名だった。崩れた字でシラノと書かれている。
 どういうわけか彼だけ生まれた歳だけ書かれている。結婚相手も書かれていない。
「彼はどうなったのでしょう?」
「シラノ氏ですか」
 署長の顔色が変わった。
「この一族の中でも変わり者でしてね。絵画や歌劇といった芸術をこよなく愛される方でした。家の他の方々とそりが合わず家出してそれっきりです」
「行方は?」
「わかりません。遠い異国で絵を描いているとも流しの歌手になったとも言われています。どれも噂でしかなく行方はようとして知れません」
「このシラノ氏が重要な鍵を握っているかも知れませんよ」
「えっ!?」
 中尉の言葉に一同声をうわずらせた。
「彼はともかくもし彼に子供がいたら。彼はカレー家にも闇の世界にも興味はなかったとしても。子供もそうであるとは限りません」
「・・・・・・・・・」
 五人共考える顔になった。
「実際にカレー家の者はそれぞれ独特な暗殺術を身に着けています。その中にそういった人狼に変化したりルーン文字の魔術を使う術があったとしたら。そして人を犯し喰らうことに無上の喜びを見出す魔人だとしたら」
 中尉の言葉は深みがあった。実際には到底考えられぬ内容だというのに。
「調べてみる意味はありますよ。そうだとしたらこの屋敷にまだ潜んでいるか匿われている可能性があります」
 その言葉で決まりだった。中尉を入れた六人は頷き合い席を立った。
 本郷と役は役の部屋で一旦入った。
「成程ね、よく家系に気付きましたね」
「特殊部隊にいるだけはある、優れた洞察力だ」
 テーブルに着き二人は言った。
「カレーが人狼だとは俺も考えていましたけどね。奴の先祖が野獣の捜査を妨害していたっていう話も気になっていたし」
「そもそも彼の気は常人の気ではなかったしな。もしやと思っていたが」
「そういう術が家に伝わっていたからですか」
「ただ気になることがある」
「?何です?」
 役の言葉に本郷は尋ねた。
「カレー氏はどうやら本当にシロだ。しかし彼からはその気が感じられた。あのルーン文字の気と同じ気が」
「気、ですか」
「それだけじゃない。中尉は人狼に変化する術と言ったがあの人狼は元々人であったものではない。最初から人狼であった魔性の存在だ。それは君もあの夜でわかっただろう」
 「・・・はい、忘れようとしても忘れられませんよ。あれだけの禍々しい気は人のやつじゃない」
 本郷が顔をしかめた。
「魔術を使う狂気の殺人鬼だけではない、より怖ろしい話が裏にある。私にはそう思えてならないんだ」

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