第八章
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第八章
綺麗な正座であった。背筋は伸び、顔まで凛とした気配が漂っていた。その顔を見据えながら二人は貴子と対していたのである。
「それなら話は早い」
本郷が言った。
「貴女は。被害者の華道や茶道の師匠だったのですね」
「はい」
貴子はその問いに頷いた。
「その通りです。他には香道も教えさせてもらっていました」
「そうだったのですか」
本郷はそれを聞いて頷いた。
「残念なことです」
「いえ、お気遣いなく」
貴子はそう言って本郷を逆に気遣った。
「もう落ち着きましたから」
「そうですか」
「それで事件を調べられているのですね」
「はい」
また本郷が答えた。
「俺達は探偵でして。警察に協力を要請されまして」
「何か御存知のことがあれば。お話して頂けませんか」
「と言われましても」
だが出て来た言葉はつれないものであった。
「私が知っていることは。何もありません」
「そうですか」
「花とこのお茶と。そして香りのことだけです」
「香り」
それを聞いた役の目が微かに動いた。
「そういえばこの香りは」
「何かあるんですか?」
「あるとも。この香りは」
「お気付きになられたようですね」
貴子はそれを聞いて役に顔を向けてきた。
「はい。これは花ですね」
「はい」
貴子は頷いた。
「それを香りにした。これはあやめです」
「その通りです」
「あやめの香りって?」
「君にはわからないか」
「何も香りませんけれど、俺には」
「これが香道というものだ」
役は本郷にこう述べた。
「あの、本当に何も香らないんですけれど」
「まあこれは微かにだからな」
「全然じゃなくて」
「それを香り、知るのもまた香道だ。これはそういうものなのだ」
「よく御存知ですね」
「この街にいて長くになりますから」
役はそう貴子に返した。
「自然と覚えてしまいました」
「それは素晴らしい」
「いえ、そのような」
とりあえずここは謙遜した。
「では他の香りもおわかりですね」
「あれっ、他の香りもあったんですか?」
「そうだ。この屋敷全体にな。複雑に入り混じっている」
「へえ、何かややこしいですね」
本郷はこうしたことには弱かった。ただ感嘆の言葉を漏らすだけであった。
「俺には全然わかりませんけれど」
「あやめの他には五月」
役は香りを感じながら述べる。
「すみれに百合。そしてこれは」
「最後は。おわかりですか」
「これは・・・・・・蘭ですか」
「はい」
貴子はここまで聞いたところでにこりと微笑んできた。気品のある笑みだがそこに何かが隠れているような笑みでもあった。変わった、複雑な笑みだった。
「よくおわかりになられましたね」
「あまりにも微かなものだ
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