暁 〜小説投稿サイト〜
レンズ越しのセイレーン
Mission
Mission10 ヘカトンベ
(8) ????~マンションフレール302号室 A
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 20年の人生に起きた喜びも悲しみも全てが踏みにじられるためにあったのか?

 もしそうであったなら、ルドガーは耐えられない。

(だって、あんまりだ。俺、こんなことのために今日まで生きてたわけじゃない)

 ふわ。柔らかいものがルドガーの後頭部に回った。次いでルドガーの視界は枯葉色のワイシャツでいっぱいになった。

「ダイジョウブ。アナタは死なない」

 ユティの両手がルドガーの頭を包み、彼女の胸に抱き込んでいた。服越しにじわじわと他人の体温が染みてくる。
 じゃれ合い以外でユティに直接触ったのは初めてだった。こんなに、なよやかだったのか。

「ユースティアはユリウス・ウィル・クルスニクの娘。誰が敵でも、ユリウスがしてきたように、今度はワタシがルドガーを守るよ」

 顔を上げる。目の前には、慈愛深い微笑み。

「……信じて、いいのか?」
「いいの、信じて。約束する。安心して。ワタシはエルみたいに約束を破らない」

 エルの叫びが蘇り、胸を苛む。
 今日まで身を削って「カナンの地」へ行くためだけに戦ってきたのに。確かに「魂の橋」システムは恐ろしいが、なら他の方法を探そう、と言ってほしかった。あんなに簡単に「約束」を捨てないでほしかった。ルドガーにとって、エルとのあの約束はたったひとつきりの絆だったのに。

 でも、今ならエルが正しかったと分かる。他の方法などない。エルの言った通り、「カナンの地」に行くのをやめない限りルドガーは助からない。
 あの時、エル・メル・マータはまぎれもなくルドガーの命を救ったのだ。

「ルドガーは死なない」

 武器を持つ者らしい硬い手の平が、あやすようにルドガーの頭を撫でる。

「ルドガーも、エルも、一人も欠けずに。ユティがカナンの地に行かせてあげる」

 ルドガーはただ手の届く場所にある言葉と体温に、縋った。

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