秘密のしるし吹き散るままに
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華麗というほどの生命力に恵まれてはいないが、十分に豪奢な金髪、誕生直後の恒星のような青い瞳。そして雪花石膏のような白い肌、図抜けてはいないが十分な長身。細見ではあるが十分に筋肉がついて均整のとれた体形。
ロルフ・ザイデルによって油絵に描かれたこの容姿の持ち主が何者であるか、後世の歴史家、鑑定家は長い間誤った判断を下していた。
つまり、晩年の獅子帝ラインハルト一世であると。
画家のサインと発見された場所がロルフ・ザイデルの長男アラヌス・ザイデル工兵大尉の自宅の応接室であるという事情も、判断を誤らせるのに一役買った。父はゴールデンバウム王朝と何のゆかりもない平民出身の画家、祖父は少尉時代のラインハルト一世の部下であった大尉が飾っているのであるから、ラインハルト一世の肖像であろう、と。
多数模写され、美術書にもラインハルト一世であると記載された肖像画について誤解が解かれるには、二百年の時間と八人の皇帝の治世、少なからぬ鑑定家の成果の蓄積を要した。
だが肖像が描かれた時点においては、肖像画の人物が誰であるのかは誤解する者は一人としていなかった。
「生き写しとはこのことじゃ」
完成した肖像を見て、ブラウンシュバイク侯爵夫人エリザベートは感嘆のため息をもらした。
「よう描けておる…生けるお姿を拝したようじゃ…」
「まことに、まことに」
アルフレット・ブルーノ・フォン・クナップシュタインは何度も大袈裟に頷き、大時代な台詞回しで老いた貴婦人に同意する言葉をそれと同じか、倍以上の回数口にした。彼の芝居がかったはロルフにはいささか苦笑ものであったが、エリザベートには感動を与えたようであった。
そもそもルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウムについてアルフレット・ブルーノが調査を思い立った切欠は、フリードリヒ四世とラインハルト一世に関するある噂であった。
「フリードリヒ四世が当時のラインハルト・フォン・ミューゼルを引き立てた理由の一つは、ラインハルトがルードヴィヒ皇太子に酷似していたからだ」とする学会の噂は、大半の歴史学者や学生からはネットワークに転がる屑情報の一つであるとして顧みられることはなかった。
だが、「大人に見せまいとして床に近く貼られた張り紙は、背の低い子供にはよく見える」と言われる通り、「まともな学者」の目に止まることはなかったものの、彼らより知的好奇心旺盛な青年の目を引き付けることになった。
すなわちアルフレット・ブルーノである。
アルフレット・ブルーノが何故に歴史学に傾倒し、歴史に埋没した無名の事物の真実の探求に邁進するようになったか、歴史は黙して語らぬ。だが彼のそうした傾向がいくつもの歴史的事実を明らかにしたことは歴史が誇らしげに語っている。ルードヴィヒ皇太子の事跡に関する調査はその第一であった。
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