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皇太子殿下はご機嫌ななめ
第33話 「顔の無い怪物」
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れるそうだ。

「宰相閣下が直々に、調印式に出られるのですか?」

 さすがにロイエンタールも驚いている。
 元帥は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべつつも頷いた。不本意なのかもしれない。こう言ってはなんだが、捕虜交換の調印式など、宰相閣下が直接出向かなくても、ブラウンシュヴァイク公やリッテンハイム候でも良い筈だ。

「宰相閣下が直接、捕虜を受け取ってこられるそうだ」
「ですが……」

 俺がそう口にしようとしたとき、元帥が軽く片手を上げて制した。
 そして俺達に向かい、わずかに頷いた。

「卿の言いたい事はわかる。私も同じ気持ちである。できることなら宰相閣下には、帝都に居て頂きたい。だが、だがな。これは帝国改革の一環なのだ。直接宰相閣下が捕虜を受け取れば、内務省も国家治安維持局も手は出せぬ」
「国内対策でしょうか」
「その通りだ。改革に対して理解を示しても、それで自分達の権限を減らされるかと思うと、善悪関係なしに抵抗を示すものだ」

 それらの無意識的な反対勢力を抑えられるほど、改革の実行には強い皇帝が求められるのか。通りで今まで改革ができなかったはずだ。
 元帥の表情が苦渋に満ちている。宰相閣下のなさりたい事に理解を示しても、最前線に向かわれる事は許容しがたいのだ。ああそうか、これが、この感覚が、無意識の抵抗なのか。なんとも厄介な感覚だ。
 元帥は決して宰相閣下に逆らおうとも、改革に反対しているわけでもない。むしろ宰相閣下の身を案じておられる。しかしそれが改革に抵抗するものになりえてしまう。

「万難を排して、宰相閣下の護衛を致します」

 ロイエンタールが力強く言い切った。
 宰相閣下を失う事があってはならん。そうした意志を感じた。いつものどこか皮肉げな口調など、どこにも感じられないぐらいだ。

「うむ。頼むぞ」
「ハッ」

 俺もまた、元帥に対して敬礼を返す。
 二人して部屋を出る。前を行くロイエンタールに声を掛けようと、足を速めたとき、ふいにロイエンタールが口を開いた。

「以前、俺の分艦隊の兵士の一人が、泣いていたことがあった」
「うん?」

 歩きながら話すロイエンタール。何かを思い出すかのように口にする。

「劣悪遺伝子排除法。それが廃法になってからというもの、生まれつき目の見えなかったその兵士の妹は、病院に通うことができるようになって、しかも目が見えるようになったそうだ」
「劣悪遺伝子排除法か……。宰相閣下が廃法になされたのだったな」
「その兵士は泣いていた。よほど嬉しかったのだろう。そういう兵士が艦隊の中にもたくさんいる」
「俺のところも似たようなものだ」
「だろうな。その宰相閣下の護衛に付くのだ。いやがおうにも士気は高まる。むしろ嫌がれば、兵士達の俺達に対
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