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エリクサー
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第二十九章

 案内されて辿り着いた食堂にはリンデンバウムとエルザがいた。リンデンバウムは穏やかに笑みを浮かべているがエルザの顔には笑みはない。やはりいつもの通り人形の顔だった。
 二人はその顔を見つつ席に着いた。そのまま静かに前に置かれていく食事を食べていく。それはやはりドイツ料理だった。ドイツ風のサラダやスープ、それにソーセージを食べていく。メニューは次第に続いていきやがてメインディッシュになった。それはザクセン風のステーキだった。
「ステーキですか」
「はい」
 リンデンバウム博士が静かに役の問いに答える。
「その通りです」
「ドイツの料理は地域ごとにかなりの違いがありますね」
 これは本郷に言った言葉と同じであった。
「このステーキ一つにしろ」
「はい、プロイセンのものともまた違います」
「そうですね。私はこのザクセン風のステーキが好きでして」
「それは何よりです」
「特にです」
 本郷は彼の横で何かを言いたそうな目をしているが彼はそれを無視して話をするのだった。あえて本郷の視線は無視をしている。
「ソースが好きです」
「左様ですか」
「長い間この味に親しんでもきましたし」
「長い間ですか」
「そうです」
 はっきりと答えてみせる。
「黒パンもまた」
「お目が高い」
 パンの横にはパンも置かれている。そのパンは黒パンだ。黒いパンはロシアやドイツでは非常にポピュラーなものだ。かつての欧州はどの国も黒パンだったが料理の進化により白パンになったのだ。それを考えれば質素な料理であるがそれでも独特の味があるのも確かだ。
「このパンの味がわかるとは」
「はい。それにですね」
「それに」
「この味がわかるだけではありません」
 役は今度はパンを口の中に入れる。黒パンのその大地を思わせる独特の味を楽しみつつかみ終えて飲み込んでから赤ワインを飲む。そのうえでまたリンデンバウムに述べた。
「その地にあるものもわかるつもりです」
「といいますと」
「まずはお見事です」
「!?何がですか」
「ここに魚料理がないことです」
 彼が言うのはこのことだった。
「とりわけ海のものが」
「海のものがですか」
「日本では何処でも魚を食べます」
「そのようですね」
 このことは彼もよく知っていた。日本人の魚好きは世界的に有名になっている。とにかく世界のあちこちで白い米と海産物を最後には欲しがるからだ。そうした日本人の嗜好は彼もまたよく知っているのだった。この辺りは流石に学者であると言えた。
「ですがここにはあえて置いていませんね」
「はい」
 役の言葉に応えて頷くリンデンバウムだった。
「それは少し考えまして」
「考えてですか」
「この辺りに海はありません」
 このことを告げるのだった。

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