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エリクサー
27部分:第二十七章
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第二十七章

「時間の流れにも無頓着にもなる」
「そんなものですか」
「だが。食事の時間を忘れるとは」
「迂闊ですよ、それは」
 笑って述べる本郷であった。
「どんなことを忘れても食べ物のことだけは忘れてはいけませんよ」
「まあそれはそうだが」
「ドイツ料理です」
 もうこれは言うまでもないことだがあえて言うのであった。
「ドイツ料理も中々いいものですね」
「そうだろう」
 この言葉には静かに答える役であった。
「昔から。質素ながらいいものだ」
「フランス料理とはまた違ってですね」
「フランス料理はフランス料理でいいものだ」
 自然とフランス料理もまた褒めていた。
「あれもな」
「まあ俺はフランス料理も好きですけれどね」
 とかく食べ物には目がない本郷であった。しかも彼は飲み物、とりわけ酒にも目がない。とにかく食い意地の張った男なのである。
「それも」
「味は様々だ」
 役はこうも述べてみせた。
「ドイツ料理にはドイツ料理のよさがあり」
「ええ」
「フランス料理にはフランス料理のよさがある」
「流石ですね。おわかりですか」
「それぞれを認められることこそ本当の意味での料理通だと思うがな」
「わかっておられますね。俺もそういう考えですよ」
 しかし彼と役ではその嗜好がまた違う。その違いはあえて無視する彼であった。
「ドイツ料理にはドイツ料理のよさがあるんですよね、やっぱり」
「随分とドイツ料理が好きなのだな」
「気に入りました」
 実に楽しげに語る。
「ここで食べてから」
「ここはかつて東ドイツだった」 
 冷戦時代はそうであった。もう遠い昔の話になってしまっている。ドイツが東西に分裂していたことを覚えている者は日本では少なくなってきている。ドイツでは違うが。
「味は東風だったな」
「東風ですか」
「正直なところあまり評判はよくない」
 随分と辛辣な役の評価であった。
「味が田舎臭いということでな」
「田舎臭いですか」
「そうだ」
 こう語る役であった。
「西側での評価ではそうだ」
「西側というと」
「かつての西ドイツ」
「ああ、やっぱりそちらですか」
 本郷は彼の言葉を聞いて納得した。納得した顔にはなったが楽しくはないようであった。
「西ドイツですね」
「欧州で最も豊かな国だった」
 敗戦から立ち直りそうなったのである。この辺りは日本と同じである。
「当然味覚もまたな」
「味覚ですか」
「何か違和感を感じているな」
「俺は違いますけれどね」
 一応はこう前置きするのだった。
「ドイツ人の味覚は確かですよ」
「そうだな。それはな」
「それともドイツ人は味がわからないとでもいうんですか?」
「フランス人はそう言っている」 
 また如何に
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