13部分:第十三章
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のであった。
「まあそうそうは」
「確かにそうですね」
役もそれは否定しはしなかった。彼は冷静な顔をしていた。
「何か条件があるのでしょうか」
「いえ」
しかもそれも否定するのであった。
「何も」
「さらにいい話ですね」
本郷はそこまで聞いて思わず唸るのだった。朝食がまだだということすら忘れていた。これは彼にしては珍しいことであった。
「宿泊費も条件もなしとは」
「何分客人には餓えていまして」
それが理由だというのがハインリヒの言葉であった。
「それでは駄目でしょうか。私も寂しいのです」
「そうなのですか」
「ええ。仕事で外に出ている時はいいのですが」
その時はいいというのだ。だがここで二人は思った。どうやら彼はこの近辺での仕事は受け持っていはいないであろうということに。他ならぬハインリヒ自身の言葉からこれを察したのであった。
「そうでない時は実に寂しいものなのです」
「ですか」
「ここは先祖代々の土地です」
彼は言う。
「共産主義だった時もここに住むことを許されていました」
「共産主義の時代も」
役はそれを聞いて奇妙に思ったがそれを言葉にも表情にも出すことはなかった。あえてそれに気をつけて消してみせたのである。
「はい。そうなのです」
「それは有り難いことですね」
本郷も気付いたようであるがあえてそれは言わないのであった。これに関しては役と同じ対応を取ったのである。
「やっぱりあれですよね。先祖代々の場所が一番住みやすいですね」
「そうです。私としても気に入っています」
これ自体は何気ない話であった。表面上は何気ない話が続いていた。
「静かで穏やかな場所ですし。しかしやはり客人が少ないのが寂しいのです。それで」
「私達に滞在して頂きたいのですね」
「そういうことです。食べ物もあります」
それは保障してきた。
「ドイツ料理でよければ」
「そのドイツ料理がいいんですよ」
本郷は笑みを浮かべてハインリヒの言葉に応えてみせた。
「昨夜は随分堪能させて頂きました」
「ドイツ料理は御気に召されましたか」
「ええ、とても」
本郷は心からの笑顔でハインリヒに答えた。
「これは昨夜にフロイラインにもお話しましたが」
「そうだったのですか」
「それは御聞きしていなかったですか」
「申し訳ありませんが」
そう本郷に述べてきた。
「そこまで聞く時間はなかったのです」
「そうなのですか」
「ええ。とにかくですね」
役はここで話を戻してきた。
「ここに滞在して頂けますね」
「ドクトルさえ宜しければ」
あえてハインリヒをドクトルと呼んでそのうえで彼を立ててみせた。ドイツでは博士の地位が日本のそれよりも高いことを踏まえてのことである。
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