第三章
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「今度海外に転勤になったから。ローマに」
(あの娘と一緒にそうなったのはよかったよ)
「だからこれでね」
(人事に願い出て正解だったな)
「残念だけれど」
(本当によかったよ)
「もうね」
彼の心の言葉は私に向けたものではなかった、別の相手に完全に向いていた。
こうした話の時女は男をひっぱたくものらしい、けれど。
彼の心の言葉を聞いているとそんな気はなくなる。それでだった。
私は彼の口からの言葉だけを聞いてそして言った。
「わかったわ」
「御免ね」
(ローマでは同じ部屋に暮らそうか)
やはり私に心を向けてはいない。愛情の対極にあるのはここでも無関心だった。
「じゃあ今日でお別れだけれど」
(帰ったら身支度はじめるか)
「何処か別の場所に行く?」
(早く済ませたいな)
「いえ」
私は彼の本心を察して微笑んで返した。
「ここで一杯飲んでね」
「それでお別れにするんだね」
(よし、身支度の時間が増えたな)
「それじゃあ一杯飲んで」
(お酒が回ってなくて身支度もはかどるな)
「お別れだね」
(さて、あの娘と一緒に身支度だな)
「そうね」
私は冷静を装って返した。
「じゃあイタリアに行っても元気でね」
「ああ、それじゃあな」
(ローマか、楽しみだな)
「日本で幸せにな」
(あの国で結婚してもいいな)
「そういうことでね」
私はクールの仮面を被ったままだった。
そのうえで一杯飲んでそうしてだった。
彼と別れた。その別れの言葉は。
「さようなら、元気でね」
(どうなっても知らないわ、もうね)
「さようなら」
(元気でね)
最後の最後で私は言ってそしてだった。
私は自分の言葉と彼の言葉を聞いた、それはだった。
彼は私の幸福を祈ってくれた、けれど私は呪う様に言った、その二つのことに気付いて。
私は自分もまた嘘を吐いていることに気付いた、それでだった。
自分のことに苦笑いを浮かべた、そのうえで店の中でまた飲みはじめた、そうした。
次の日出社した私にその髪の毛が気の毒になっている課長が声をかけてきた。
「おはよう」
「はい、おはようございます」
「朝早速で悪いけれど」
(失恋したのかな、目が赤いな)
泣きはしなかった、ただ昨日はあのまま自分の嘘に苦笑いになってそれで強いカクテルをかなり飲んだ、それで課長も目を見たのだ。
(大丈夫かな、止めておこうか)
「いや、いいよ」
「あの、何が」
「いや、権藤コーポレーションに行って欲しかったけれど」
それでもだというのだ。
「いいよ」
(他の娘に行ってもらうかそれとも俺が行くか)
課長は心の中で言う。
(まあこの娘は休ませてあげるか。他の娘達も最近疲れてるし)
「俺が行くよ」
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