10部分:第十章
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葉を聞いて応えた。
「つまりは。ドクトル=リンデンバウムですね」
「そうです」
ドイツ語で博士はこう呼ぶのである。歴史上最も有名なこの呼び方の人物はナチスの宣伝省であったゲッペルスである。彼が文学博士であったのだ。それを生涯誇りにしており自分を常にこう呼ばせていたのである。
「俗にそう呼ばれています」
「ではドクトルがよしと仰られれば」
「はい」
話は決まる。そういうことであった。
「私達はここに留まらせて頂きます。それで宜しいでしょうか」
「ではそれで御願いします」
エルザもそれでよしと頷くのであった。しかしここでの頷きもまた実に感情に乏しい、いやそもそもその感情すら見られないものであった。
「そのように」
「わかりました。それでは」
これで話は一旦終わった。本郷はそれを受けて話題を変えるのであった。
「このケーキですが」
「生姜のケーキですね」
「ええ。ドイツでは結構あるのですか」
「私は結構食べます」
エルザはこう本郷に答えるのであった。
「子供の頃から。食べています」
「子供の頃からですか」
「はじめて食べた本格的なケーキがこれでした」
そうして不意な感じではじめてという言葉を出してきた。
「はじめて?」
「子供の頃はまともなケーキはなかったのです」
寂しい筈の言葉だが何故かそこにも感情は全く入ってはいなかった・
「東ドイツには」
「そうでしたね」
その言葉に役が頷いてきた。
「当時は。この辺りはまだ東ドイツで」
「東ドイツは貧しかったので」
「でしたね」
これについては本郷も知っていることであった。
「けれどあれですよね」
そして不意にという感じでまた言ってきた。
「あれでも東側では一番いい国だったんですよね、確か」
「そうだ」
役は一言で本郷に対して答えた。
「東ドイツは東側の優等生だった」
「そうですよね」
実はそうだったのだ。共産圏の中で最も成功した国だと言われていたのだ。なお最も成功した共産主義国家は日本だったと言われるジョークもある。
「それでも駄目だったんですね」
「比較対象が悪かったしな」
役の言葉は少し同情的であった。
「西ドイツではな」
「西ドイツですか」
これを聞いて本郷も納得したようであった。しきりに頷く。
「それはね。確かに」
「まだ東西の経済格差はある筈だ」
ドイツ統一においてこの問題がかなり深刻なものになりドイツを苦しめたのである。経済比率において東ドイツを一とすれば西ドイツはその三倍だったのだ。西ベルリンの華やかさの前に呆然となる東ベルリンの市民達の姿がそれを何よりも雄弁に表わしていた。
「かなりましになったと思うがな」
「そうですか」
「少なくともケーキは普通に食べられるようにはなりま
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