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港町の闇
第三章
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 刑事が答えた。
「ここは人通りが多いので目撃者の一人や二人いそうなものですが」
「一人もいなかったのですか。そうでしょうね」
 役にとってそれは当然のことであった。
「吸血鬼は種類にもよりますが霧や蝙蝠に姿を変えることができます」
「映画のドラキュラ伯爵ですね」
「はい」
 署長の質問に答える。どうもこの署長はそうしたことに関して造詣が深いようだ。
「映画のドラキュラ伯爵は実際の吸血鬼をモデルにしていまして」
「それに実在の人物を合わせたのでしたね」
「そう、ドラキュラ公を」
 かってルーマニアにいた領主ブラド四世のことである。この時ルーマニアやハンガリーはオスマン=トルコの侵攻を受けておりキリスト教国である神聖ローマ帝国との間で彼等は苦境に立たされていた。その中で領主となった彼は山に篭りその中でオスマン軍に奇襲を仕掛け続け勝利を収めた。それだけならば彼は単なる英雄でありこうした話に残るような人物ではなかった。
 彼の特異性はその性質にあった。異様なまでに残忍であり血を好んだ。今の観点から言うと精神の何処かに異常をきたしていたのであろう。彼は敵や自分に逆らう者達を次々と殺戮していった。
 とりわけ彼の悪名を高めたのが串刺しであった。彼はまたの名を『串刺し公』といった。これは彼がオスマン軍との戦争において捕虜を次々と捕らえ串刺しにしていったからであった。一説によると何万もの捕虜がそうして殺されたという。ルーマニアの道にはそうした捕虜達の無残な屍が林立し、そこに烏が止まり腐った死肉やまだ生きている者の目や肉をついばんだという。これが彼の名を後世に残す最大の『業績』であった。
 その他にも彼の血生臭い行動は実に多かった。貴族達を串刺しにしたり浮浪者達を閉じ込め、焼き殺したこともあった。戦乱の時代であり逆らう者、弱者はそれだけで罪であった。だが彼の残忍さはそれを考慮に入れても特筆に値すべきことであったのだ。
「あくまであれはブラム=ストーカーの小説の中においての話ですが」
 役は説明を続けた。
「ですがそうした吸血鬼は実際にあの辺りにいたのです。そして今もいるのです」
「今も、ですか」
「そしてここにも」
 本郷がここでこう言った。
「ここにいるのがそうした奴かどうかまではまだわかりませんが」
「しかし吸血鬼が実際にいて、そして人を狩っているのは事実です。それは貴方達が最もよくおわかりでしょう」
「はい」
 署長達はその言葉に頷いた。
「だからこそ私達も来させてもらいましたし」
「ではお願いできますか」
「勿論です」
 本郷がこれに答えた。
「喜んで引き受けさせて頂きます」
「有り難い。それでは」
 署長はそれを受けて言葉を続けた。
「今回の捜査をスタッフを紹介させて頂きます。まずは七尾警部と」

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