第三十九話 赤かったから吃驚したよ
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公爵夫人、リッテンハイム侯爵夫人に向かって一歩踏み出した時だった。
「クリスティーネ!」
制止する声とリッテンハイム侯爵夫人が司令長官に駆け寄ろうとして護衛兵に取り押さえられるのが同時だった。
「放しなさい!」
険しい声でリッテンハイム侯爵夫人が言い放つが護衛兵達は侯爵夫人を放さない。
「放して差し上げなさい」
護衛兵だけじゃない、皆が司令長官を見た。司令長官がもう一度“放して差し上げなさい”と言った。護衛兵達が顔を見合せながらおずおずと手を離すとリッテンハイム侯爵夫人がゆっくりと歩いて司令長官の前に立った。そしてじっと司令長官を睨んだ。
司令室に激しい打擲音が響いた。一回、二回、三回、四回……。
「クリスティーネ! 止めなさい!」
止まらない。
「クリスティーネ!」
二度目の制止でリッテンハイム侯爵夫人は司令長官を叩くのを止めた。荒い息を吐いて司令長官を睨んでいる。
「何が可笑しい! 妾を愚弄するのか!」
リッテンハイム侯爵夫人が激昂した。確かに叩かれたのに司令長官は笑みを浮かべていた。口元からは血が流れている……。
「愚弄などしていません、羨ましかったのです」
羨ましい? 皆が訝しげに顔を見合わせた。司令長官を叩いた侯爵夫人も困惑している。
「十一年前、私は両親を貴族に殺されました、私が十二歳の時です。でも私は何も出来ませんでした、泣き寝入りする事しか出来なかったのです。私達親子が平民だというだけで、相手が貴族だというだけで警察は何もしなかった。私は沈黙するしかなかった……」
驚いた、司令長官にそんな事が有ったなんて……。でも誰も驚いた様な表情はしていない、もしかすると私が知らないだけで結構有名な事件だったのかもしれない。
「今は戦うだけの力を得た。リッテンハイム侯爵夫人、私が貴方を殴っても誰も私を責める事は無いでしょう」
「何を……、そなた、妾を殴ると言うのか、この妾を」
侯爵夫人が愕然とした表情をしている。でも司令長官は何の反応もしなかった。そして左手で右手を擦り始めた。
「でも私の右手はあの事件以来力が入らなくなりました。殴っても貴女に痛みを与えられるかどうか……、そして走る事も出来ない。……侯爵夫人、私は貴女のように憎い相手に走り寄って殴りつけ、憤懣をぶつける等という事はもう出来ない身体なのです」
「そなた……」
侯爵夫人の声は微かに震えを帯びていた。
「羨ましいですよ、貴女が。貴女は自分を抑える等という事はした事は無いでしょう。私は自分を抑える事しか出来なかった、そうする事でしか生きていくことが出来なかった。そして今は憤懣をぶつけたくても出来ない身体になっている……」
「……」
「気が済みましたか? 侯爵夫人」
皮肉では無かった。
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